吾輩は猫である。名はまだない。
このところ、空は泣き続けている。
庭の土はぬかるみ、
窓辺の景色もどんより霞んでいる。
「また雨か…」と、飼い主がぼやくたび、
吾輩はそっと窓辺に座る。
この季節を嫌ってばかりでは、もったいない。
なぜなら、紫陽花が咲くのは、こういう日々の中だからだ。
赤でもない、青でもない。
紫陽花は、どんな色にも染まる。
雨に濡れて、重たそうに揺れて、
それでも、黙って咲いている。
人間も猫も、晴れた日ばかりでは生きていけぬ。
むしろ、心が湿る日こそ、
見えるものがある。
飼い主が言った。
「今日は猫が静かで、助かるわね」
ちがう。
吾輩は、紫陽花を見ていたのだ。
濡れながら、それでも美しく在るものを。
雨の音 ひとつひとつが 色になる
気づけば、飼い主もカーテンを開けた。
「あ、咲いてる…」と小さく微笑む。
その笑顔が、
このじめじめした空間に、ふわりと晴れ間をつくった。
吾輩は、今日も黙ってその横にいる。
この季節を、美しいと知っている者として。