吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日は、**夏の祝日「海の日」**である。
海は見たことがない。
けれど、テレビが見せてくれた。
青い空、白い砂浜、はしゃぐ人間たち。
飼い主もそわそわしながら、浮き輪をふくらませていた。
「暑くなるらしいから、水分とってね」
母のような口ぶりで、吾輩の水皿を満たしてくれる。
外に行くのは飼い主のほうなのに、
水を飲むのは吾輩のほうが上手である。
留守番中、エアコンの設定は28度。
それでも午後の日差しは床を焼く。
吾輩は、風の通る玄関タイルで身体をのばした。
玄関に吊るされた温湿度計が、じわじわ上がってゆく。
「もし停電したらどうなる…?」
ふと、そんな不安が頭をよぎる。
暑さとは 音もなく来る 死角かな
その時、玄関が開いた。
飼い主が真っ赤な顔で倒れ込んできた。
「日陰なくてさ…汗やば…」
氷水をがぶ飲みしながら、
「おまえ、ちゃんと涼しいとこにいた? えらいね」
――吾輩は、えらいというより慎重なのである。
熱中症は若者も倒す。猫だって、逃げ場がなければ命を落とす。
夏は好きだ。
でも、好きだけでは生きられない。
吾輩は、風の通る場所をもう一度選び、
水皿を一舐めしてから、静かにこう思った。
「また、無事に戻ってきてくれてよかった」