吾輩は猫である。名はまだない。
が、自治体の動きには敏感である。
今朝も町内の掲示板を見上げたら、
「小さな命を守る条例案、パブリックコメント募集中」とあった。
ほう、ついに動いたか――と、
吾輩はしっぽで風を測った。
この街には、かつて“野良”が溢れていた。
公園の隅で、ゴミ置き場の影で、
餌を待ち、警戒し、冬を越えていた仲間たち。
人間の誰かが声を上げなければ、
その命は“見なかったこと”にされてしまうのだ。
「去勢避妊の支援を」
「無責任な遺棄の罰則を」
「保護活動への助成を」
――そんな条文に、吾輩は全面的に賛成である。
近所の小学生が言った。
「猫がいると、街がやさしく見える」
その言葉に、飼い主のおばあさんは頷いた。
「命を見つけられる人は、いい人になるよ」
この条例は、猫のためだけではない。
命を見つけられる人を、育てるものだ。
署名用紙の上に、
吾輩は前足をそっと置いた。
字は書けぬが、
肉球の跡が、この町の未来に繋がることを信じている。
人間よ、耳を澄ませ。
路地裏の声なき声が、
今日も生きている。