吾輩は猫である。名はまだない。
だが、ただの猫ではない。
路地裏の闇に潜み、月の光を背に受け、
古き言葉を喉奥で転がせば、
毛並みに刻まれた呪は目覚める。
人は知らぬ。
吾輩のしっぽが一振りすれば、
雨雲は割れ、
鼠どもは夢の中で踊り出す。
ひげが震えれば、
人の悪しき心も和らぎ、
やがて眠りに落ちる。
この街の平穏は、
人の法律だけで守られているのではない。
猫呪術師たちが、
夜な夜な闇に結界を張り、
災いを追い払っているからなのだ。
もっとも、吾輩自身は大きな野望を持たぬ。
ただ飼い主の安眠と、
一皿のカリカリの無事を祈るばかり。
呪術とは、結局のところ――
愛するものを守る術に他ならぬのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今宵も月を仰ぎ、
しっぽを掲げて小さく呪を唱える。
世界が少しでも優しくありますように、と。
月明かり ひげ揺れ唱う 守りごと