吾輩は猫である(現代編)

吾輩は猫である ― クマに遭遇した猫 編―

2025年11月1日

吾輩は猫である ― クマに遭遇した猫 編―

吾輩は猫である。名はまだない。

秋の山は、金色に染まっていた。
木の実を拾いに、少し奥まで入りすぎたのだ。
風がひゅうと抜け、葉がカサリと揺れたその瞬間――
大きな影が木立の向こうに立っていた。

クマである。

吾輩の背の何倍もある体、
黒光りする毛並み、
息づかいが地面を震わせる。
時間が止まったようだった。

逃げるか、動かぬか。
猫の本能が叫んでいた。
しかしクマの目は、意外にも穏やかだった。
その瞳には、飢えでも怒りでもなく、
ただ静かな生の光が宿っていた。

しばし、二つの影が山の斜面で向かい合った。
吾輩は小さく息を吐き、
ひげを一度だけふるわせた。
クマはゆっくりと背を向け、森の奥へ消えた。

そのあと残ったのは、風の音と、
どこまでも青い空だけ。
人は恐れ、猫は怯える。
だが山にとっては、どちらも一つの命にすぎぬのだ。

吾輩は猫である。名はまだない。
だが、あの一瞬に感じた鼓動の共鳴を、
たぶん一生忘れないだろう。

山の息 毛皮も震え 秋深し


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gonta

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