吾輩は猫である。名はまだない。
朝、カリカリの皿の隣に見慣れぬ包みが置かれていた。
中には新しい首輪。赤いリボンがついている。
飼い主がにっこり笑って言った。
「今日はお誕生日だよ」
誕生日――人間のようにケーキもろうそくもないが、
この家では、吾輩がここに来た日をそう呼んでくれる。
思えば、段ボールの中で鳴いていた小さな吾輩を、
飼い主が拾ってくれたのは数年前の春。
初めて撫でられた日の温かさを、今でも覚えている。
年月はあっという間に過ぎた。
爪は丸くなり、毛並みは少し柔らかくなった。
それでも、飼い主の足音を聞くだけで胸が高鳴る。
この感覚だけは、仔猫のころと何も変わらない。
夜になると、飼い主がろうそくを灯した。
小さな光が吾輩の瞳に映る。
「生まれてきてくれてありがとう」
その声に、吾輩はそっと喉を鳴らした。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが今日だけは、確かに祝われている気がする。
命の節目を、共に数えてくれる誰かがいる――
それが、何よりの贈り物なのだ。
ろうそくに 命を映す 春の夜