吾輩は猫である。名はまだない。
この家には、吾輩の天敵がいる。
――それは“洗濯機”である。
ガタガタと音を立て、
ときどき飼い主の靴下を一枚だけ飲み込むのだ。
ある朝、飼い主が騒いでいた。
「また片方がない!」
どうやら靴下の片割れが行方不明らしい。
吾輩はしらばくれた顔で、
ベッドの下に隠した“宝物”をそっと見た。
ふわふわで、ちょうど噛みごたえがよい。
夜な夜な枕元へ持っていく、吾輩のお気に入りだ。
だが、飼い主が泣きそうな顔で探しているのを見て、
少し胸が痛んだ。
――愛とは、靴下の片方を分け合うことなのかもしれぬ。
その晩、吾輩は靴下をそっとリビングの真ん中に置いた。
翌朝、飼い主が見つけて笑った。
「やっぱり、あなたの仕業ね」
吾輩はごろごろと喉を鳴らした。
叱られもせず、撫でられて終わる。
人間とは、なんと寛大な生き物であろう。
吾輩は猫である。名はまだない。
けれど今日も、靴下ひとつで
人と猫は心を通わせているのだ。
片靴下 君の香りで 春ぬくし