吾輩は猫である。名はまだない。
ある日、飼い主が新しい首輪を持ってきた。
と思いきや、それは胴に巻きつく奇妙な布の帯――
「ハーネス」というらしい。
「これでお散歩しようね」と飼い主は笑う。
ふむ、吾輩を束ねて連れ出すとは、なかなか大胆な宣言である。
しかし、興味が勝った。
窓の向こうの世界を、
ずっと眺めるだけでは飽き足らなかったのだ。
カチリ。金具の音とともに扉が開く。
外の空気が胸に飛び込んできた。
土の匂い、風の音、鳥の声――
それはすべて新鮮で、
少しだけ怖くて、でも確かに生きていた。
吾輩は一歩、また一歩と進む。
飼い主の手がリードを握りしめ、
その震えが伝わってくる。
互いに緊張しているのだ。
けれど、その緊張の糸こそ、
信頼という名の絆なのだろう。
しばらく歩くと、吾輩は立ち止まり、空を見上げた。
青く広がる世界は、窓越しよりもずっとまぶしい。
「帰ろっか」と飼い主が言う。
吾輩は小さく鳴いて、うなずいた。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、あのハーネスの重みの中に、
自由と愛は共に結ばれていた。
束ねても 心は風に 遊びけり