【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―猫の日、犬の日は? 編―

2026年2月26日

吾輩は猫である ―猫の日、犬の日は? 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

暦に、
二が三つ並ぶ日がある。
人間はそれを、
猫の日と呼ぶ。

では、
犬の日はあるのか。
ときどき、
そう問う声が聞こえる。

ある。
十一月一日だそうだ。
わん、わん、わん。
理屈は単純で、
少し微笑ましい。

人間は、
理由を見つけるのが上手い。
数字を並べ、
語呂を合わせ、
そこに意味を宿す。

猫は二月、
犬は十一月。
月が違っても、
撫でる手の温度は同じである。

比べる必要はない。
猫は猫で、
犬は犬だ。
似ているようで、
歩幅が違う。

犬は寄り添い、
猫は寄り添わせる。
どちらが上でも、
下でもない。
違いがあるから、
暮らしは豊かになる。

吾輩は思う。
記念日とは、
動物のためというより、
人が立ち止まるための印ではないかと。

今日が猫の日でも、
明日は犬の日でも、
毎日は世話の日である。

吾輩は猫である。
犬の日を否定せぬ。
祝う理由があるなら、
それでよい。
暦に名前がなくとも、
日々の世話が、
本当の記念日である。

暦より
撫でる手こそが
記念日


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gonta

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