吾輩は猫である。
名前はまだない。
机の上に、
鮮やかな黄色が置かれた。
丸く、
光を含み、
どこか涼しげだ。
人間はこれを、
瀬戸内レモンと呼ぶ。
香りは爽やかで、
空気を軽くする。
だが、
一口かじれば、
顔が少し変わる。
酸い。
人間は、
それを好む。
甘さだけでは、
物足りぬらしい。
吾輩は思う。
酸味とは、
拒まれるためのものではないと。
味を締め、
輪郭を与え、
全体を整える。
甘さだけでは、
ぼやける。
人生も、
似ている。
楽なだけでは、
記憶に残らぬ。
少しの苦味、
少しの酸味が、
深さになる。
瀬戸内の風は、
穏やかだという。
強すぎぬ日差し、
やわらかな海。
だからこそ、
この味が育つ。
環境が、
味を決める。
急がず、
無理せず、
その土地のままに。
吾輩は猫である。
酸いものは好まぬ。
だが、
その意味は知っている。
爽やかさとは、
少しの厳しさの上に
成り立つものなのだ。
酸ひとつ
甘さ引き立て
風清し