吾輩は猫である。
本日、人は「歯の中を覗く」という。
外から見えるものだけでは足りぬらしい。
内側に何があるかを、確かめたいのだという。
それを可能にするのが、歯のCTである。
人はこれまで、平面で見てきた。
影として、輪郭として、
おおよその形を推し量っていた。
だが、CTは違う。
重なりをほどき、奥行きを与え、
見えぬ構造を露わにする。
神経の走り方。
骨の厚み。
隠れた病変の気配。
それらは、表からは分からぬ。
ゆえに人は、ようやく理解する。
見えているものだけで判断することの危うさを。
これは歯に限った話ではない。
人の関係もまた、似ている。
表に出ている言葉や態度だけで、
すべてを理解したつもりになる。
だが、その奥には必ず層がある。
積み重なった経験や、言葉にならぬ感情が。
それを見ずして、判断はできぬ。
とはいえ、
人にはCTのように他者の内面を覗く術はない。
だからこそ、慎重であるべきなのだろう。
断定せず、決めつけず、
少しだけ余白を残す。
吾輩は猫である。
すべてを見通すことはしない。
だが、見えぬものがある前提で、眺めている。
人よ。
見えたものだけで、語るな。
見えぬものを想像すること。
それもまた、一つの知性である。
見えぬもの
あると知るだけ
深くなる