【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―歯のCT編―

2026年5月24日

吾輩は猫である ―歯のCT編―

吾輩は猫である。
本日、人は「歯の中を覗く」という。

外から見えるものだけでは足りぬらしい。
内側に何があるかを、確かめたいのだという。

それを可能にするのが、歯のCTである。

人はこれまで、平面で見てきた。
影として、輪郭として、
おおよその形を推し量っていた。

だが、CTは違う。
重なりをほどき、奥行きを与え、
見えぬ構造を露わにする。

神経の走り方。
骨の厚み。
隠れた病変の気配。

それらは、表からは分からぬ。

ゆえに人は、ようやく理解する。
見えているものだけで判断することの危うさを。

これは歯に限った話ではない。

人の関係もまた、似ている。
表に出ている言葉や態度だけで、
すべてを理解したつもりになる。

だが、その奥には必ず層がある。
積み重なった経験や、言葉にならぬ感情が。

それを見ずして、判断はできぬ。

とはいえ、
人にはCTのように他者の内面を覗く術はない。

だからこそ、慎重であるべきなのだろう。

断定せず、決めつけず、
少しだけ余白を残す。

吾輩は猫である。
すべてを見通すことはしない。

だが、見えぬものがある前提で、眺めている。

人よ。
見えたものだけで、語るな。

見えぬものを想像すること。
それもまた、一つの知性である。


見えぬもの
あると知るだけ
深くなる


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gonta

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