【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―保護猫の日編―

2026年5月25日

吾輩は猫である ―保護猫の日編―

吾輩は猫である。
名はある者もいれば、まだ無い者もいる。

本日、保護猫の日である。
人の側から見れば「守る日」なのだろう。
だが、猫の側から見れば、それは少し違う。

吾輩らは、守られるために生きているわけではない。
ただ、生き延びてきただけである。

外で生まれ、外で暮らし、
時に人と出会い、時に見過ごされる。

その中で、ほんの少しだけ運が巡り、
「保護された」と呼ばれる状態に至る。

だが、それは終点ではない。
むしろ、もう一度“関係”を始める入口である。

人は言う。
「かわいそうだから助ける」と。

それも一つの真実である。
しかし、それだけでは続かぬ。

共に暮らすとは、
一方的な善意ではなく、
静かな覚悟の上に成り立つものだ。

世話をすること、時間を使うこと、
そして、ときに思い通りにならぬ存在を受け入れること。

それでもなお、一緒にいる理由を見つけ続けること。

保護とは、引き取る行為ではない。
関係を引き受けるということである。

吾輩は猫である。
だが、ただの猫ではない。

人と関わり、
人に問う存在でもある。

その手は、救うためのものか。
それとも、共に生きるためのものか。

今日くらいは、少しだけ考えてみるとよい。


その手には
救いか覚悟か
猫は見る


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gonta

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