吾輩は猫である。
名前はまだない。
山は、
静かである。
風の音。
鳥の声。
木々が揺れる音だけが、
ゆっくりと時を刻む。
人間は、
この日を山の日と呼ぶ。
山に親しみ、
その恵みに感謝する日。
だが、
山にはもう一つの記憶がある。
忘れてはならない、
深い悲しみの記憶である。
ある夏の日。
多くの人が、
家族のもとへ帰る途中だった。
楽しみにしていた再会。
約束していた「またね」。
その願いは、
山へ消えた。
吾輩は思う。
時は、
悲しみを消してはくれない。
それでも、
人は生きていく。
残された人は、
大切な人を想いながら、
今日も前を向く。
山は、
何も語らない。
だが、
静かにその記憶を抱き続けている。
だからこそ、
吾輩たちは忘れてはならない。
命の重さを。
帰る場所があることの幸せを。
「また会おう」と言えることの尊さを。
吾輩は猫である。
山を見上げるたび、
そこに刻まれた幾つもの記憶に思いを馳せる。
山の日とは、
自然の恵みに感謝する日であるとともに、
二度と繰り返してはならない悲しみを胸に刻み、
命の尊さを静かに見つめる日でもあるのだ。
山静か
語らぬ記憶
風が継ぐ