【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―米朝首脳会談 編―

2026年9月6日

吾輩は猫である ―米朝首脳会談 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

最近、
海の向こうで、
また二人の人間が会うかもしれないという。

アメリカの大統領と、
北朝鮮の最高指導者。

人間はこれを、
米朝首脳会談と呼ぶ。

以前にも、
二人は会った。

握手をした。

笑顔を見せた。

世界中のカメラが、
その一瞬を追いかけた。

吾輩は思う。

人間は、
握手が好きである。

猫なら、
いきなり前足を差し出されたら、
まず警戒する。

少し離れる。

匂いを見る。

相手の目を見る。

それから、
近づいてよい相手かを決める。

どうやら外交も、
それほど違わないらしい。

アメリカは、
核兵器を減らしてほしい。

北朝鮮は、
自分たちの安全を保証してほしい。

互いに、
相手が先に動けと言う。

なかなか進まない。

吾輩は思う。

「お前が爪を引っ込めたら、
こちらも爪を引っ込める。」

猫同士でも、
これでは永遠に終わらぬ。

だが、
会うことに意味がないわけではない。

会わずに疑うより、
会って話す。

遠くから威嚇するより、
同じ机に座る。

それだけでも、
一歩ではある。

ただし、
会ったことを成果にしてはならぬ。

握手した。

写真を撮った。

仲が良いと言った。

それだけで核兵器が消えるなら、
人間の世界はずいぶん簡単である。

本当に難しいのは、
会談の後だ。

約束を守る。

相手にも守らせる。

確かめる。

違えば、
また話す。

外交とは、
一度の劇的な場面ではなく、
面倒な確認を何度も繰り返す仕事なのだろう。

吾輩は猫である。

猫同士にも、
縄張りはある。

気に入らぬ相手もいる。

時には、
睨み合う。

だが、
毎回本気で噛みついていては、
昼寝をする暇がない。

だから、
どこまで近づくかを決める。

どこから先には入らぬかを決める。

そして、
互いに少しずつ暮らせる距離を探す。

国と国も、
案外それでよいのではないか。

米朝首脳会談とは、
二人の指導者が仲良くなるための行事ではない。

核も、
制裁も、
安全保障も、
簡単には消えぬ中で、

それでも、
話す方を選べるか。

その確認をする場所なのだ。

吾輩は猫である。
首脳にはならぬ。

だが、
爪を立てたままでも、
少しずつ距離を縮めることはできると知っている。

平和とは、
仲良しになることではない。

嫌いな相手とも、
噛みつかずに済む距離を
探し続けることなのかもしれぬ。


爪立てて
それでも話す
知恵を持て

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gonta

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