吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間には、
他人の誕生日を、
自分のことのように楽しみにする習性がある。
しかも、
わざわざチケットを申し込み、
当選を祈り、
その日まで指折り数える。
人間はこれを、
誕生日イベントと呼ぶ。
吾輩は思う。
誕生日とは、
本人が一つ歳を重ねる日ではなかったか。
なぜ、
周りの人間までこんなに嬉しそうなのだろう。
会場へ行く。
席を探す。
開演を待つ。
そして、
本人が姿を見せた瞬間、
大きな拍手が起こる。
「おめでとう。」
たった一言のために、
これほど多くの人間が集まる。
なかなか悪くない。
人間は、
年齢を重ねることを嫌がる時がある。
若く見られたい。
歳を取りたくない。
そんなことを言う。
だが、
誕生日イベントでは違う。
一年を重ねたことそのものを、
皆で祝う。
吾輩は思う。
歳を取るとは、
減っていくことではない。
一年分の経験が、
増えることでもあるのだと。
楽しかった日。
苦しかった日。
頑張った日。
何もしたくなかった日。
その全部を連れて、
次の誕生日へ来る。
そして、
応援している人間たちにも、
それぞれの一年がある。
去年とは違う仕事をしている者。
家族が増えた者。
何かに挑戦している者。
少し疲れている者。
それでも、
この日だけは同じ場所に集まる。
不思議なものである。
吾輩なら、
誕生日だからといって
大勢に囲まれたいとは思わぬ。
特別なおやつをもらい、
少し長く撫でてもらい、
あとは静かに眠りたい。
だが、
人間は思い出を共有したがる。
写真を撮る。
拍手をする。
言葉を交わす。
そして帰り道に、
「来年も行けたらいいな」と言う。
そこまで含めて、
誕生日イベントなのだろう。
吾輩は猫である。
イベントには参加せぬ。
だが、
誰かが生まれた日を、
何年経っても大勢が喜んでくれるというのは、
少し羨ましい。
誕生日イベントとは、
一人の一年を祝うだけではない。
「今年も会えたね」と、
お互いが過ごしてきた一年を
静かに確かめる日なのだ。
また会えた
それが何より
誕生日