吾輩は猫である。
名前はまだない。
玄関で、
見慣れぬ音がする。
金属が外され、
新しいものが取り付けられる。
人間はこれを、
鍵交換と呼ぶ。
古い鍵でも、
昨日までは開いた。
壊れていない。
使えなくもない。
それでも、
交換することがある。
吾輩は思う。
安全とは、
壊れてから考えるものではないと。
誰かが鍵を持っているかもしれない。
長く使って、
仕組みが古くなっているかもしれない。
何も起きていない時ほど、
人間は後回しにする。
だが、
何か起きてからでは遅いこともある。
猫も同じである。
開いた窓。
少し緩んだ網戸。
閉めたつもりの扉。
そこに、
逃げ道ができる。
自由と呼べば聞こえはよい。
だが、
戻れなくなれば、
話は別だ。
だから、
確かめる。
閉まっているか。
壊れていないか。
昨日と同じだから大丈夫と、
思い込まない。
新しい鍵に変わると、
見た目はそれほど違わない。
だが、
人間は少し安心した顔をする。
吾輩は思う。
安心とは、
派手なものではない。
夜、
何事もなく眠れる。
出かけても、
家に戻れる。
猫が、
いつもの場所で丸くなっている。
その当たり前を、
静かに守るものなのだ。
吾輩は猫である。
鍵は持たぬ。
だが、
安心して眠れる縄張りの価値は知っている。
鍵交換とは、
古いものを捨てることではない。
これからも同じ日常を守るために、
入口をもう一度見直すことなのだ。
鍵替えて
変わらぬ夜を
守りけり