【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―柚子残滓 編―

2026年9月25日

吾輩は猫である ―柚子残滓 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

柚子を搾る。

果汁を取る。

人間は満足する。

そして、
残った皮や種を見て言う。

「これは残りだ。」

人間はこれを、
柚子残滓と呼ぶ。

吾輩は思う。

少し待て。

ずいぶん良い香りがするではないか。

残りという割には、
なかなか存在感がある。

果汁を取った後にも、
皮には香りが残る。

そこから精油を取る。

加工する。

飼料にする。

堆肥にする。

研究によっては、
もっと別の材料にも変えようとしている。

捨てる予定だったものが、
急に資源になる。

人間はこれを、
循環利用と呼ぶ。

吾輩は思う。

「残り物」という名前は、
少々失礼だったのではないかと。

人間は、
必要な部分だけ取ると、
残ったものをすぐ不要と考える。

だが、
見る人が変われば、
価値も変わる。

柚子の皮は、
果汁にはなれぬ。

だが、
香りにはなれる。

肥料にもなれる。

新しい材料にも、
なるかもしれぬ。

猫だって、
抜け毛を見れば、
人間はゴミと言う。

吾輩からすれば、
昨日まで立派に吾輩を包んでいた毛である。

少しくらい、
敬意を払ってほしい。

もっとも、
集めて巨大な吾輩を作られても困る。

吾輩は思う。

資源とは、
最初から資源なのではない。

「まだ何かに使えないか。」

そう考えた瞬間に、
資源になるのだと。

食べ物を作れば、
残るものがある。

物を作れば、
端材が出る。

暮らせば、
必ず何かが余る。

すべてをゼロにはできぬ。

だからこそ、
捨てる前にもう一度見る。

そこに、
循環の入口がある。

吾輩は猫である。
柚子は少々香りが強いので近づかぬ。

だが、
「もう役目を終えた」と言われたものが、
別の場所でもう一度働き始める話は嫌いではない。

柚子残滓とは、
柚子を使った後に残るゴミではない。

人間がまだ使い道を見つけ切っていない、
次の資源なのだ。


搾りても
まだ香り立つ
柚子の意地

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gonta

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