吾輩は猫である。
名前はまだない。
柚子を搾る。
果汁を取る。
人間は満足する。
そして、
残った皮や種を見て言う。
「これは残りだ。」
人間はこれを、
柚子残滓と呼ぶ。
吾輩は思う。
少し待て。
ずいぶん良い香りがするではないか。
残りという割には、
なかなか存在感がある。
果汁を取った後にも、
皮には香りが残る。
そこから精油を取る。
加工する。
飼料にする。
堆肥にする。
研究によっては、
もっと別の材料にも変えようとしている。
捨てる予定だったものが、
急に資源になる。
人間はこれを、
循環利用と呼ぶ。
吾輩は思う。
「残り物」という名前は、
少々失礼だったのではないかと。
人間は、
必要な部分だけ取ると、
残ったものをすぐ不要と考える。
だが、
見る人が変われば、
価値も変わる。
柚子の皮は、
果汁にはなれぬ。
だが、
香りにはなれる。
肥料にもなれる。
新しい材料にも、
なるかもしれぬ。
猫だって、
抜け毛を見れば、
人間はゴミと言う。
吾輩からすれば、
昨日まで立派に吾輩を包んでいた毛である。
少しくらい、
敬意を払ってほしい。
もっとも、
集めて巨大な吾輩を作られても困る。
吾輩は思う。
資源とは、
最初から資源なのではない。
「まだ何かに使えないか。」
そう考えた瞬間に、
資源になるのだと。
食べ物を作れば、
残るものがある。
物を作れば、
端材が出る。
暮らせば、
必ず何かが余る。
すべてをゼロにはできぬ。
だからこそ、
捨てる前にもう一度見る。
そこに、
循環の入口がある。
吾輩は猫である。
柚子は少々香りが強いので近づかぬ。
だが、
「もう役目を終えた」と言われたものが、
別の場所でもう一度働き始める話は嫌いではない。
柚子残滓とは、
柚子を使った後に残るゴミではない。
人間がまだ使い道を見つけ切っていない、
次の資源なのだ。
搾りても
まだ香り立つ
柚子の意地