【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―若手成長 編―

2026年9月28日

吾輩は猫である ―若手成長 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

若い者は、
最初から何でもできるわけではない。

知らぬ。

迷う。

間違える。

人間はこれを、
若手と呼ぶ。

そして、
少しずつできることが増えていく。

人間はこれを、
成長と呼ぶ。

吾輩は思う。

成長とは、
本人だけの努力ではないと。

任せる者がいる。

見守る者がいる。

失敗した時に、
一緒に直す者がいる。

その環境があって、
ようやく伸びる。

猫も、
子猫の頃から上手に跳べるわけではない。

距離を読み違える。

着地に失敗する。

少し恥ずかしそうな顔をして、
また挑む。

だが、
何度も止められていたら、
いつまでたっても跳べるようにはならぬ。

人間も同じである。

失敗させたくない。

時間がない。

自分でやった方が早い。

そう言って、
全部先輩がやってしまえば、
若手は育たない。

吾輩は思う。

教えるとは、
答えを渡すことではない。

考える材料を渡し、
自分で一歩踏み出させることだ。

もちろん、
放っておけばよいわけでもない。

危ない時は止める。

困っていれば助ける。

だが、
できそうな時は任せる。

その加減が、
難しい。

人間は、
若手に成長を求める。

だが、
成長には時間がいる。

昨日できなかったことが、
今日少しできる。

今日迷ったことを、
明日は自分で決められる。

その積み重ねが、
いつの間にか大きな差になる。

そしてある日、
先輩だった者が気づく。

「あれ、もう任せても大丈夫だな。」

その瞬間が、
本当の成長なのかもしれぬ。

吾輩は猫である。
教育係にはならぬ。

だが、
少し離れた場所から見守ることならできる。

若手成長とは、
未熟な者を早く完成させることではない。

挑戦できる余白を与え、
失敗から学ばせ、
やがて自分で進めるようにすることなのだ。


任せれば
若き一歩が
力増す

  • この記事を書いた人

gonta

-【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編