吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
旅行へ行く時、
ずいぶん前から行き先を決める。
どこへ行く。
何を見る。
何を食べる。
何時の列車に乗る。
宿はここ。
予定表は、
隙間なく埋まっていく。
ところが、
最近は妙な旅がある。
行き先を、
自分で決めない。
人間はこれを、
「どこかにビューーン!」と呼ぶ。
まず、
四つの駅が現れる。
ここか。
あそこか。
いや、
まさかそこか。
その中のどこかへ、
新幹線で連れて行かれる。
しかも、
最終的にどこへ行くかは、
申し込んでからのお楽しみ。
吾輩は思う。
ずいぶん猫的な旅ではないか。
猫は、
朝から目的地を決めたりしない。
廊下を歩く。
窓辺へ行く。
途中で日向を見つければ、
そこで寝る。
予定変更である。
だが、
誰にも怒られない。
人間は、
旅まで効率化したがる。
有名な観光地。
評価の高い店。
外さない宿。
もちろん、
それもよい。
だが、
全部分かっている旅には、
少しだけ足りないものがある。
偶然である。
「そこへ行くつもりはなかった。」
その一言から始まる旅は、
案外記憶に残る。
知らなかった街。
聞いたことしかなかった駅。
予定になかった温泉。
たまたま入った店。
そして、
「ここ、意外といいな。」
その発見は、
自分で選び抜いた旅とは、
少し違う嬉しさがある。
吾輩は思う。
人間は、
選べることを自由だと思っている。
だが、
たまには選ばない自由もあるのではないか。
全部自分で決めなくてよい。
どこへ行くかくらい、
運に任せてみる。
そんな日があってもよい。
もっとも、
猫として一つだけ言っておきたい。
「どこかにビューーン!」だからといって、
猫まで突然どこかへ連れて行くのは困る。
吾輩には、
いつもの飯場と、
いつもの寝床と、
いつもの人間が必要である。
冒険を好むのは、
人間だけにしてほしい。
吾輩は猫である。
新幹線には乗らぬ。
だが、
行き先が決まっていないからこそ、
少し胸が躍る気持ちは分からなくもない。
どこかにビューーン!とは、
安く遠くへ行くためだけの仕組みではない。
「自分では選ばなかった場所」に、
新しいお気に入りを見つけに行く、
少しだけ運任せの旅なのだ。
行き先を
知らぬ旅こそ
縁になる