【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―どこかにビューーン! 編―

2026年10月3日

吾輩は猫である ―どこかにビューーン! 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
旅行へ行く時、
ずいぶん前から行き先を決める。

どこへ行く。

何を見る。

何を食べる。

何時の列車に乗る。

宿はここ。

予定表は、
隙間なく埋まっていく。

ところが、
最近は妙な旅がある。

行き先を、
自分で決めない。

人間はこれを、
「どこかにビューーン!」と呼ぶ。

まず、
四つの駅が現れる。

ここか。

あそこか。

いや、
まさかそこか。

その中のどこかへ、
新幹線で連れて行かれる。

しかも、
最終的にどこへ行くかは、
申し込んでからのお楽しみ。

吾輩は思う。

ずいぶん猫的な旅ではないか。

猫は、
朝から目的地を決めたりしない。

廊下を歩く。

窓辺へ行く。

途中で日向を見つければ、
そこで寝る。

予定変更である。

だが、
誰にも怒られない。

人間は、
旅まで効率化したがる。

有名な観光地。

評価の高い店。

外さない宿。

もちろん、
それもよい。

だが、
全部分かっている旅には、
少しだけ足りないものがある。

偶然である。

「そこへ行くつもりはなかった。」

その一言から始まる旅は、
案外記憶に残る。

知らなかった街。

聞いたことしかなかった駅。

予定になかった温泉。

たまたま入った店。

そして、

「ここ、意外といいな。」

その発見は、
自分で選び抜いた旅とは、
少し違う嬉しさがある。

吾輩は思う。

人間は、
選べることを自由だと思っている。

だが、
たまには選ばない自由もあるのではないか。

全部自分で決めなくてよい。

どこへ行くかくらい、
運に任せてみる。

そんな日があってもよい。

もっとも、
猫として一つだけ言っておきたい。

「どこかにビューーン!」だからといって、
猫まで突然どこかへ連れて行くのは困る。

吾輩には、
いつもの飯場と、
いつもの寝床と、
いつもの人間が必要である。

冒険を好むのは、
人間だけにしてほしい。

吾輩は猫である。
新幹線には乗らぬ。

だが、
行き先が決まっていないからこそ、
少し胸が躍る気持ちは分からなくもない。

どこかにビューーン!とは、
安く遠くへ行くためだけの仕組みではない。

「自分では選ばなかった場所」に、
新しいお気に入りを見つけに行く、
少しだけ運任せの旅なのだ。


行き先を
知らぬ旅こそ
縁になる

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gonta

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