吾輩は猫である。
名前はまだない。
温泉と聞けば、
山あいの宿を想像する。
湯けむり。
木造旅館。
川の音。
ところが、
新津温泉は少し違う。
住宅街の中に、
ごく普通の家のような建物がある。
人間はここを、
新津温泉と呼ぶ。
吾輩は思う。
本当に、
ここでよいのかと。
だが、
中へ入れば、
すぐに分かる。
匂いである。
石油。
かなり石油。
「少し香る」などという、
上品な話ではない。
温泉なのに、
どこか油田の気配がする。
それもそのはず。
この湯は、
石油を掘っている途中で湧き出したという。
なるほど。
人間は、
石油を探して温泉を見つけた。
目的とは違ったが、
それを七十年以上も温め続けている。
人生も、
案外こういうものかもしれぬ。
探していたものとは違う。
だが、
見つけたものが、
思いがけず良い。
湯は、
ほぼ透明。
少し白く濁り、
とろりとしている。
肌に触れると、
何とも独特である。
派手な露天風呂があるわけでもない。
巨大な浴槽もない。
最新設備もない。
むしろ、
昭和の時間がそのまま残っているような場所である。
吾輩は思う。
温泉の価値とは、
豪華さだけではないと。
新しい。
広い。
綺麗。
それもよい。
だが、
ここでしか味わえない湯がある。
ここでしか嗅げない匂いがある。
そういうものは、
少しくらい古くても、
人を遠くから呼ぶ。
猫も同じである。
高級なベッドを用意されても、
なぜか古い段ボールで寝る。
新品の毛布より、
自分の匂いが染みた場所を好む。
人間には、
なかなか理解されぬ。
だが、
新津温泉へ来れば、
少し分かるかもしれない。
快適さと、
魅力は、
必ずしも同じではない。
整いすぎていない。
少し古い。
匂いも強い。
それでも、
また入りたくなる。
それが、
個性というものなのだろう。
湯から上がっても、
石油の香りがしばらく残る。
人間は、
それを気にするかもしれぬ。
だが、
吾輩は思う。
せっかく新津温泉へ来たのだから、
少しくらい連れて帰ればよい。
思い出とは、
写真だけではない。
匂いまで残れば、
なかなか強い。
吾輩は猫である。
石油臭には少し警戒する。
だが、
七十年以上も人を惹きつける湯には、
少し興味がある。
新津温泉とは、
豪華な温泉ではない。
人間が石油を探していたら、
思いがけず見つけてしまった、
強烈な個性を持つ一湯なのだ。
油の香
湯上がりまでも
旅土産