【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―新津温泉 編―

2026年10月2日

吾輩は猫である ―新津温泉 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

温泉と聞けば、
山あいの宿を想像する。

湯けむり。

木造旅館。

川の音。

ところが、
新津温泉は少し違う。

住宅街の中に、
ごく普通の家のような建物がある。

人間はここを、
新津温泉と呼ぶ。

吾輩は思う。

本当に、
ここでよいのかと。

だが、
中へ入れば、
すぐに分かる。

匂いである。

石油。

かなり石油。

「少し香る」などという、
上品な話ではない。

温泉なのに、
どこか油田の気配がする。

それもそのはず。

この湯は、
石油を掘っている途中で湧き出したという。

なるほど。

人間は、
石油を探して温泉を見つけた。

目的とは違ったが、
それを七十年以上も温め続けている。

人生も、
案外こういうものかもしれぬ。

探していたものとは違う。

だが、
見つけたものが、
思いがけず良い。

湯は、
ほぼ透明。

少し白く濁り、
とろりとしている。

肌に触れると、
何とも独特である。

派手な露天風呂があるわけでもない。

巨大な浴槽もない。

最新設備もない。

むしろ、
昭和の時間がそのまま残っているような場所である。

吾輩は思う。

温泉の価値とは、
豪華さだけではないと。

新しい。

広い。

綺麗。

それもよい。

だが、
ここでしか味わえない湯がある。

ここでしか嗅げない匂いがある。

そういうものは、
少しくらい古くても、
人を遠くから呼ぶ。

猫も同じである。

高級なベッドを用意されても、
なぜか古い段ボールで寝る。

新品の毛布より、
自分の匂いが染みた場所を好む。

人間には、
なかなか理解されぬ。

だが、
新津温泉へ来れば、
少し分かるかもしれない。

快適さと、
魅力は、
必ずしも同じではない。

整いすぎていない。

少し古い。

匂いも強い。

それでも、
また入りたくなる。

それが、
個性というものなのだろう。

湯から上がっても、
石油の香りがしばらく残る。

人間は、
それを気にするかもしれぬ。

だが、
吾輩は思う。

せっかく新津温泉へ来たのだから、
少しくらい連れて帰ればよい。

思い出とは、
写真だけではない。

匂いまで残れば、
なかなか強い。

吾輩は猫である。
石油臭には少し警戒する。

だが、
七十年以上も人を惹きつける湯には、
少し興味がある。

新津温泉とは、
豪華な温泉ではない。

人間が石油を探していたら、
思いがけず見つけてしまった、
強烈な個性を持つ一湯なのだ。


油の香
湯上がりまでも
旅土産

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gonta

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