吾輩は猫である。
名前はまだない。
神社には、
独特の静けさがある。
鳥居をくぐる。
石段を上る。
砂利を踏む音が、
少しだけ大きく聞こえる。
人間はここを、
神社と呼ぶ。
吾輩は思う。
なぜ、
人間はわざわざここまで来るのか。
願い事をする。
合格しますように。
健康でありますように。
仕事がうまくいきますように。
恋が実りますように。
ずいぶん頼み事が多い。
猫なら、
飯が出ればよい。
暖かい場所があればよい。
それ以上は、
あまり望まぬ。
だが、
人間を見ていると、
神社へ来る理由は、
願い事だけではないように思える。
手を合わせる。
少し黙る。
そして、
帰っていく。
来た時より、
ほんの少しだけ顔が落ち着いている。
吾輩は思う。
神社とは、
神様に何かを頼む場所というより、
自分の心を一度静かにする場所なのではないかと。
普段の人間は、
忙しい。
仕事。
電話。
メール。
予定。
考え事。
頭の中は、
いつも何かで埋まっている。
だが、
境内に入れば、
少しだけ歩く速度が落ちる。
大きな木を見る。
風の音を聞く。
空を見上げる。
それだけで、
人間は少し静かになる。
猫も、
静かな場所を好む。
社殿の脇。
石垣の上。
木陰。
人が少ない時間なら、
なかなか居心地がよい。
もっとも、
神社に住んでいる猫を見て、
「神様の使いかな。」
などと言う人間もいる。
吾輩は思う。
そこまで大したものではない。
たぶん、
日当たりがよいだけである。
だが、
人間が少し嬉しそうになるなら、
否定する必要もない。
猫は、
神様の言葉を伝えぬ。
未来も占わぬ。
ただ、
そこにいる。
それでも、
人間は猫を見ると足を止める。
少し笑う。
その瞬間だけ、
願い事を忘れる。
案外、
それで十分なのかもしれぬ。
吾輩は猫である。
神様のことは分からぬ。
だが、
騒がしい日常から少し離れ、
静かに自分へ戻れる場所の価値は知っている。
猫と神社とは、
どこか似ている。
何かを教えてくれるわけではない。
答えをくれるわけでもない。
ただ、
そこにいるだけで、
人間を少し静かにしてくれる存在なのだ。
手を合わせ
猫も黙って
風を聞く