吾輩は猫である。名はまだない。 家の中には二人の声がある。朝はトーストの香り、夜は湯気の立つ味噌汁。同じ屋根の下、同じ時間をゆっくりと分け合って生きる――それが、この家の“いい夫婦”という姿らしい。 喧嘩もする。飼い主の片方がむすっとして、もう片方が黙って洗い物をしていることもある。吾輩はその間をそっと歩き、気まずい空気を毛づくろいの音でほぐす。やがてどちらかが、「ごめん」と小さく呟く。それで終わる。 互いに譲り合うでもなく、かといって離れすぎることもない。ふたりの距離は、こたつの中で足が触れたときのよう ...