吾輩は猫である。名はまだない。 あの戦の頃、町は静かに色を失っていた。魚屋の軒先からは鯵も鰯も消え、人々は芋や麦を分け合い、吾輩の腹も常に空っぽであった。 空が唸りを上げ、爆音が町を覆うたび、吾輩は路地裏に身を潜めた。窓を黒布で覆う人間の姿は、まるで夜そのものを抱きしめているようであった。 吾輩が忘れぬのは、子どもたちの笑顔である。物も食も乏しいなかでも、空き地で小石を蹴り、吾輩のしっぽを追いかけて笑っていた。その笑顔すら、やがて戦火に呑み込まれていった。 やがて戦が終わり、焼け跡には草が芽吹き、人は再び ...