吾輩は猫である。
名前はまだない。
言葉は、
積み重ねるほどに、
重くなる。
軽くは書けぬ。
だが、
重すぎても届かぬ。
人間はそれを、
文豪と呼ぶ。
多くを書いた者か。
深く書いた者か。
あるいは、
残った者か。
定義は一つではない。
吾輩は思う。
文豪とは、
時を越える言葉を
持つ者だと。
その時だけの言葉は、
やがて消える。
だが、
何度でも読まれるものは、
形を変えて残る。
流行に乗らず、
流れを見て、
その奥をすくう。
それが、
深さである。
書く者は、
孤独である。
だが、
読む者が現れた時、
時間を越えてつながる。
直接ではない。
だが、
確かに届く。
吾輩は猫である。
名は残さぬ。
だが、
残る言葉の重さは知っている。
文豪とは、
書いた後の時間に
責任を持つ者なのだ。
時越えて
なおも残りし
言の葉よ