吾輩は猫である。
名前はまだない。
扉が開くたび、
鈴が鳴る。
外の喧騒が一瞬入り、
すぐに静けさへ戻る。
人間はここを、
喫茶店と呼ぶ。
席は埋まり、
言葉は控えめ。
湯気が立ち、
時間が少し遅くなる。
吾輩は、
窓際にいる。
日差しがやわらかく、
人の流れも見える場所だ。
客はそれぞれ、
違う理由で座る。
考える者、
休む者、
何かを待つ者。
だが、
誰も急がない。
珈琲は黒く、
会話は淡い。
濃いものと薄いものが、
ちょうどよく混ざる。
店主は多くを語らぬ。
だが、
一杯の温度は揺らがない。
それが、この場所の
軸である。
吾輩は思う。
良い場所とは、
何も起きないことが
許される場所だと。
何もせず、
ただ座る。
それだけで
価値がある。
やがて、
客は静かに立ち、
また一人分の空間が戻る。
鈴が鳴り、
日常が出入りする。
吾輩は猫である。
注文はしない。
だが、
この空気は気に入っている。
喫茶店とは、
時間を少しだけ
丁寧に扱う場所なのだ。
鈴ひとつ
出入りするのは
時の客