吾輩は猫である。名はまだない。
だが、毛はある――ふさふさと、たっぷりと。
世に長毛種と呼ばれる猫の中でも、
吾輩は誇り高き“モフ界”の住人である。
冬場は暖かく、写真映えは抜群、
撫でられれば「高級ラグ」とまで言われたこともある。
しかし――夏が来た。
毛玉が増え、蒸れてかゆい。
飼い主の目が、日に日に“覚悟”の色を帯びてゆく。
「ちょっと切ろうか。ね、少しだけ」
――その“少し”が、信用ならないのだ。
いざペットサロンへ。
バリカンの音、スタッフの笑顔、
そして…毛、毛、毛!
床には吾輩の毛が、まるで冬の終わりの雪解けのように舞っていた。
鏡を見ると、そこには別猫がいた。
首まわりはほっそり、尻尾はライオンカット。
いつものふわふわは失われ、
風が直に肌を撫でる。
毛が減り 風の重さを 知る背中
だが不思議なことに、
身体が軽くなると、心もどこか軽くなった。
飼い主は笑いながら言う。
「見た目は変わっても、中身は変わらないね」
そうかもしれぬ。
毛は吾輩の誇りであったが、
それを手放すことで得られる自由もある。
吾輩は今日、身軽に高所から飛び降りた。
新しい夏が、はじまった気がした。