吾輩は猫である。名はまだない。
吾輩の住まいは高層マンション。
地上を駆け回る猫に比べれば不自由かと思いきや、
ここにも独特の面白さがある。
まず、窓からの眺めだ。
鳥は小さな点となり、
車は箱庭の玩具のよう。
吾輩は毎日、天空から世界を見下ろしている気分である。
だが、マンション暮らしには掟がある。
廊下に勝手に出てはならず、
夜中に大声で鳴けば隣から苦情が飛ぶ。
しっぽを高く掲げて歩くにも、
人間のルールをわきまえねばならぬ。
それでも、上下左右に暮らす人々の気配は、
退屈を紛らわせる。
ピアノの音、子どもの笑い声、
そしてどこからか漂う焼き魚の匂い。
壁越しに感じる生活の温もりは、
吾輩にとって大きな庭のようなものだ。
時に思う。
マンションとは一つの大きな箱庭。
人も猫も共に棲み、互いに距離を保ちながら
支え合って生きる小さな社会である、と。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この高層の巣から見える空は広く、
吾輩の心を自由にしてくれる。
高層に 空をつかんで 昼寝かな