吾輩は猫である。名はまだない。
朝、飼い主の目覚ましが鳴るより少し早く、
吾輩はベッドの上で伸びをする。
「おはよう」の代わりに、
軽く尻尾で飼い主の顔をなでる。
これが、我が家の一日のはじまりである。
台所では、トーストの香り。
吾輩は足元をうろうろしながら、
パンのかけらが落ちてこぬかと見張る。
飼い主は笑いながら言う。
「落ちないよ、今日はちゃんと食べるからね」
――ふむ、まるで小さな約束のようだ。
昼は陽だまり、夜はひざの上。
言葉は交わさずとも、
互いの呼吸が重なるだけで、
部屋の空気がやわらかくなる。
猫のいる暮らしとは、
沈黙が“安心”に変わる暮らしのことだ。
飼い主がふとつぶやいた。
「この子がいると、家が家になるね」
吾輩は目を細めた。
そう、猫は家の中心ではない。
けれど家を“家らしくする”小さな灯火なのだ。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この家の時間の中で、
確かに一匹の命として息づいている。
灯をともす 毛並のぬくもり 暮らしあり