吾輩は猫である。名はまだない。
庭の柿は橙に色づき、稲穂は金に波打っていた。
飼い主が夕暮れに小さな俵を手に言った。
「今日は新嘗祭の日だよ」
その声はいつもより柔らかく、
まるで誰かに語りかけるようだった。
どうやら、人はこの日に“新しい米”を神に供え、
収穫の恵みに感謝するらしい。
吾輩はちゃぶ台の下から見ていた。
土の香りがまだ残る米を炊き、
湯気の向こうに小さな湯呑を並べる。
それだけのことが、
なぜだかとても荘厳に見えた。
人は忘れがちだが、
生きるとは“いただくこと”の連なりである。
風の運ぶ花粉、
雨のしみた大地、
そのひとつひとつが、吾輩の皿にもつながっている。
飼い主は湯気に手を合わせ、
「ありがとう」と小さく呟いた。
吾輩も隣で目を閉じた。
――祈りとは、声にせずとも伝わるものらしい。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、この香ばしい秋の匂いの中で、
命のつながりを胸いっぱいに感じていた。
稲の香に 息を重ねて 冬支度