吾輩は猫である(現代編)

吾輩は猫である ― 初盆と送り火編 ―

2025年7月19日

吾輩は猫である ― 初盆と送り火編 ―

吾輩は猫である。名はもう、呼ばれなくなった。
この夏、初めてのお盆を迎えた。

線香の香りと、精霊馬。
仏間に飾られた、吾輩の写真。
飼い主が小さな声で言った。

「帰ってきてるかな、あの子……」

帰っているとも。
ここに、ちゃんと。

けれど、姿は見えないし、声も届かない。
ただ、思い出の隙間にそっと潜りこむ
ふみふみしていた座布団の上、
のぞいていた冷蔵庫の下、
こっそり登って怒られた棚の上。

そこに、吾輩はいた。

初盆や 気配で帰る ひとときに

飼い主は猫じゃらしを手にして、ふと動きを止めた。
「もう、これを振る相手もいないのにね……」
いや、振ってくれれば、心が揺れる。
姿はなくとも、遊びたさは残っているのだ。

そして送り火の晩。
玄関先に小さな火が灯った。
飼い主が手を合わせながら、ぽつり。

「ほんとに帰ってきてたら、いいな」

吾輩は、煙の向こうでしっぽをふる。
帰ってきてたとも。ちゃんと。

でももう、また行かねばならぬ。
今夜の火が消えれば、また向こうの世界へ。

ただ安心してほしい。
寂しくない。思い出が、どこにもあるから。

飼い主が泣く声のそばで、
吾輩はひとつ、喉を鳴らした――
それが聞こえたかどうかは、わからない。


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gonta

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