吾輩は猫である。
名前はまだない。
床の上を、
丸いものが動いている。
音もなく、
いや、少し音を立てながら、
部屋の隅々まで進んでいく。
人間はこれを、
ルンバと呼ぶ。
実に働き者である。
吾輩が寝ていても、
人間が出かけていても、
黙々と床を掃除する。
猫の毛も、
埃も、
食べこぼしも、
容赦なく吸い込む。
吾輩は思う。
便利とは、
こういうものなのだろうと。
だが、
ある日。
ルンバは、
階段の方へ向かった。
人間は言う。
「そこは大丈夫だろう。」
機械には、
落ちないための仕組みがあるらしい。
なるほど。
吾輩も少し安心する。
だが、
機械とて万能ではない。
段差。
センサー。
床の状態。
ほんの小さな条件が重なれば、
予想外は起こる。
そして――
ガタン。
吾輩は、
耳を立てる。
人間は、
走る。
階段の下には、
先ほどまで働いていた丸い者が、
静かに横たわっている。
人間は言う。
「まさか落ちるとは。」
吾輩は思う。
その「まさか」が、
事故というものではないかと。
便利な機械ほど、
人間は任せたくなる。
自動だから。
センサーがあるから。
AIだから。
きっと大丈夫だから。
だが、
最後の「大丈夫」を決めるのは、
やはり人間である。
階段に柵を置く。
危ない場所を避ける。
動かす前に、
少し確認する。
ほんの一手間で、
防げることは多い。
吾輩は猫である。
階段から落ちぬよう、
足元はよく見る。
ルンバにも、
少しくらい猫の慎重さを
教えてやりたい。
便利とは、
任せきることではない。
安心して任せられるよう、
人間が最後に目を配ることなのだ。
自動でも
最後の一歩
人が見る