【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―鰻重 編―

2026年11月3日

吾輩は猫である ―鰻重 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
時々ずいぶん立派な箱を前にして、
静かになる。

黒い箱。

赤い内側。

そして、
蓋がある。

人間はこれを、
鰻重と呼ぶ。

吾輩は思う。

魚なら、
最初から見せればよいではないか。

なぜ、
わざわざ蓋をするのだ。

だが、
人間はその蓋を開ける瞬間まで、
少し嬉しそうに待っている。

ぱかり。

湯気。

香り。

照りのある鰻。

その下には、
たれをまとった飯。

なるほど。

これは、
蓋が必要なのかもしれぬ。

見えなかったものが現れる。

それだけで、
少しご馳走になる。

吾輩は思う。

人間は、
食べる前から味わっているのだと。

焼く。

たれをつける。

また焼く。

そして、
飯の上へ置く。

一口食べれば、
柔らかい。

香ばしい。

甘辛い。

すぐ飲み込むには、
少し惜しい。

人間は、
鰻を食べる日を特別にしたがる。

土用の丑の日。

祝い事。

頑張った日のご褒美。

少々値段も張るので、
毎日の昼飯というわけにはいかぬ。

だからこそ、

「今日は鰻にしよう。」

その一言に、
少し力がある。

猫にも、
似たような日がある。

いつもの餌ではない。

少し良い缶詰。

袋を開けた瞬間に、
分かる。

吾輩は急に、
愛想が良くなる。

人間はこれを、
現金な猫と呼ぶ。

失礼である。

食に対して、
素直なだけだ。

吾輩は思う。

ご馳走とは、
高い料理のことではない。

「今日はこれを食べよう。」

そう決めた時から、
少し心が弾むものなのだ。

そして、
鰻重には、
もう一つ不思議なところがある。

最初の一口も旨い。

真ん中も旨い。

最後に、
たれの染みた飯だけ残っても旨い。

主役がいなくなっても、
余韻が残る。

なかなか強い料理である。

人間の仕事も、
少し似ているかもしれぬ。

目立つ成果だけではない。

そこへ至るまでの手間。

支えた人。

積み重ねた時間。

最後に残るものまで含めて、
一つの仕事になる。

吾輩は猫である。
鰻重は食べぬ。

たれも濃いし、
吾輩には人間の食事は向かぬ。

だが、
蓋を開けた人間の顔が、
一瞬だけ子供のようになるのは知っている。

鰻重とは、
鰻を飯の上に載せた料理ではない。

焼く手間と、
待つ時間と、
蓋を開ける期待まで重ねた、

人間にとっての
小さなご褒美なのだ。


蓋開けば
香りもともに
重を満たす

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gonta

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