吾輩は猫である。名はまだない。
だが今月の『東京カレンダー』表紙に抜擢された。
撮影場所は麻布のレストラン、
夜景を背にしたバーカウンターの上。
グラスの水を傾けるでもなく、
ただ静かに、吾輩はポーズを決める。
テーマは――「夜に溶ける、孤高の猫」。
スタイリストは言った。
「毛並みがシルクですね。ライティングが映えます」
ふん、分かっておる。
東京とは、“見られること”に意味がある場所なのだ。
だが撮影後、飼い主はぽつりと呟いた。
「この子、ほんとは家じゃ煮干しが好きでね。
表紙に写ってるキャビアには見向きもしないんです」
吾輩はしっぽをふる。
そう、人間はラグジュアリーを演出するが、
猫はいつも、本質を選ぶ。
夜景より 静かな押入れ 好きな猫
表紙には“麻布の夜を知る猫”と紹介された。
だが吾輩は、夜よりも昼寝が好きである。
ラウンジよりも縁側が落ち着く。
けれどそれでも、今日の撮影は悪くなかった。
なぜなら、
誰かに“ただの猫以上”と思われることも、
たまには悪くないからである。