吾輩は猫である。名はまだない。
飼い主が旅行から帰ってきた。
玄関のドアが開くなり、スーツケースの中から
「ほら、買ってきたよ!」と笑顔で差し出したのは――
魚の形をしたキーホルダー。
……吾輩はしばし沈黙した。
期待していたのは、
せめてカツオ節か、サーモン味のパウチである。
だが飼い主の満足げな顔を見たら、
文句のひとつも言えぬ。
「気持ちが大事」とは、こういうことなのだろう。
袋の中から、さらに出てきた。
「猫用まくら」「旅先限定キャットミルク」「温泉の匂い付きタオル」。
……要するに、人間が楽しそうに選んだ物たちである。
吾輩はそれらを順にくんくん嗅ぎ、
最後に段ボールの匂いだけを気に入った。
夜、飼い主が疲れて眠る横で、
吾輩はキーホルダーをちょいちょいと転がして遊んだ。
光に反射して魚がきらりと光る。
――悪くない。
遠くの海の香りが、少しだけ伝わってきた気がした。
吾輩は猫である。名はまだない。
だが、こうして誰かが自分を思い出してくれる。
それこそが、最高のお土産なのだ。
土産より 想いが届く 夜の鈴