吾輩は猫である。
名前はまだない。
もし、
透明人間になれたら。
人間は、
何をするのだろう。
誰にも見つからず、
どこへでも行ける。
秘密も、
本音も、
簡単に知ることができる。
便利そうだ。
だが、
吾輩は思う。
本当に怖いのは、
透明になることではない。
誰にも、
気づいてもらえなくなることだ。
人は、
誰かに見てもらいたい。
頑張ったことも、
悲しかったことも、
小さな成長も。
「見ているよ。」
その一言で、
また歩き出せる。
猫も同じである。
名前を呼ばれ、
頭を撫でられ、
目が合う。
それだけで、
ここにいてよいのだと分かる。
人間は時々、
目の前にいる人を、
透明人間のように扱ってしまう。
店員さん。
清掃をする人。
電車を動かす人。
家族。
毎日いるからこそ、
当たり前になってしまう。
だが、
当たり前の向こうには、
いつも誰かの努力がある。
吾輩は猫である。
透明にはなれぬ。
だからこそ、
今日も「ここにいるぞ」と、
大きなあくびをする。
人は、見えなくなることよりも、
見てもらえなくなることの方が、
ずっと寂しいのだ。
見えてても
気づく心が
灯となる