【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―日本人1.2億人割れ 編―

2026年8月8日

吾輩は猫である ―日本人1.2億人割れ 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間の数が、
また一つの境を越えたらしい。

一億二千万人。

それを下回ったと、
人間は数字を見つめている。

出生数。
死亡数。
高齢化。
人口減少。

難しい言葉が並ぶが、
要するに、
生まれる者より、
去っていく者が多いということだ。

吾輩は思う。

人が減るとは、
数字が小さくなることだけではない。

学校から、
子供の声が減る。

商店街から、
店の明かりが消える。

バスの本数が減り、
病院や介護を支える者も少なくなる。

一人減るたびに、
その人が担っていた役割も、
少しずつ失われていく。

人間は、
子供を増やさねばならぬと言う。

だが、
生んでほしいと願うだけでは、
子供は増えぬ。

安心して働けること。

住む場所があること。

子育てを、
家庭だけに背負わせないこと。

そして、
子供を持つ者も、
持たぬ者も、
穏やかに暮らせること。

それらが整って初めて、
未来を選べるのではないか。

人口が多ければ、
必ず豊かになるわけではない。

少なくなっても、
一人一人を大切にし、
知恵と技術で支え合う社会はつくれる。

大切なのは、
減った人数を嘆くだけでなく、
残された暮らしを
どう守るかである。

吾輩は猫である。
人口統計には数えられぬ。
だが、
人の少なくなった町から、
ぬくもりまで消えてほしくはない。
日本人一億二千万人割れとは、
国が小さくなる知らせではなく、
これから誰と、
どのように支え合って暮らすのかを問う知らせなのだ。


人減れど
ぬくもりまでは
減らさぬよう

  • この記事を書いた人

gonta

-【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編