【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―夏休み終わり 編―

2026年9月11日

吾輩は猫である ―夏休み終わり 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

八月の終わりが近づくと、
人間の顔が少し曇る。

子供は、
宿題を思い出す。

大人は、
仕事を思い出す。

人間はこれを、
夏休みの終わりと呼ぶ。

始まる前は、
あれほど長く見えた。

旅行へ行こう。

海へ行こう。

花火を見よう。

何もしない日も作ろう。

予定は、
いくらでもあった。

だが、
休みというものは、
始まった瞬間から減っていく。

吾輩は思う。

人間は、
終わりが近づいてから、
急に時間を惜しむ生き物である。

まだ一週間ある。

まだ三日ある。

そして、

「もう明日しかない。」

そこで、
やっと本気になる。

宿題を広げる。

片付けを始める。

最後の思い出を作ろうとする。

実に忙しい。

猫なら、
最初から最後まで同じである。

朝寝る。

昼も寝る。

夕方になれば、
少し動く。

夏休みだからといって、
急に人生を充実させようとは思わぬ。

吾輩は思う。

休みとは、
何かを成し遂げるための時間ではない。

何もしなかった日まで含めて、
休みなのである。

昼まで寝た日。

ぼんやり空を見た日。

家族と飯を食べただけの日。

振り返れば、
そんな日ほど残っていることもある。

やがて、
学校が始まる。

仕事も戻る。

電車は混み、
目覚ましも鳴る。

夏は、
何事もなかったように日常へ溶けていく。

少し寂しい。

だが、
終わるからこそ、
思い出になる。

終わらぬ夏休みなど、
たぶん三か月目には
ただの日常である。

吾輩は猫である。
夏休みは持たぬ。

だが、
楽しい時間ほど短く感じることは知っている。

夏休みの終わりとは、
楽しかった日々を惜しむ日ではない。

明日からの日常へ、
少しだけ夏を持ち帰る日なのだ。


夏終わり
宿題だけが
まだ夏休み

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gonta

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