吾輩は猫である。
名前はまだない。
八月の終わりが近づくと、
人間の顔が少し曇る。
子供は、
宿題を思い出す。
大人は、
仕事を思い出す。
人間はこれを、
夏休みの終わりと呼ぶ。
始まる前は、
あれほど長く見えた。
旅行へ行こう。
海へ行こう。
花火を見よう。
何もしない日も作ろう。
予定は、
いくらでもあった。
だが、
休みというものは、
始まった瞬間から減っていく。
吾輩は思う。
人間は、
終わりが近づいてから、
急に時間を惜しむ生き物である。
まだ一週間ある。
まだ三日ある。
そして、
「もう明日しかない。」
そこで、
やっと本気になる。
宿題を広げる。
片付けを始める。
最後の思い出を作ろうとする。
実に忙しい。
猫なら、
最初から最後まで同じである。
朝寝る。
昼も寝る。
夕方になれば、
少し動く。
夏休みだからといって、
急に人生を充実させようとは思わぬ。
吾輩は思う。
休みとは、
何かを成し遂げるための時間ではない。
何もしなかった日まで含めて、
休みなのである。
昼まで寝た日。
ぼんやり空を見た日。
家族と飯を食べただけの日。
振り返れば、
そんな日ほど残っていることもある。
やがて、
学校が始まる。
仕事も戻る。
電車は混み、
目覚ましも鳴る。
夏は、
何事もなかったように日常へ溶けていく。
少し寂しい。
だが、
終わるからこそ、
思い出になる。
終わらぬ夏休みなど、
たぶん三か月目には
ただの日常である。
吾輩は猫である。
夏休みは持たぬ。
だが、
楽しい時間ほど短く感じることは知っている。
夏休みの終わりとは、
楽しかった日々を惜しむ日ではない。
明日からの日常へ、
少しだけ夏を持ち帰る日なのだ。
夏終わり
宿題だけが
まだ夏休み