吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間の体には、
ずいぶん小さなところに、
大きな違いを生む仕組みがあるらしい。
X。
そして、
Y。
人間はこれを、
性染色体と呼ぶ。
たった一文字違うだけで、
男になったり、
女になったりする。
もちろん、
現実はそれほど単純でもない。
遺伝子。
ホルモン。
成長。
そして、
一人一人の違い。
生き物とは、
教科書ほどきれいには分かれぬものらしい。
吾輩は思う。
人間は、
何かにつけて二つに分けたがる。
男か女か。
強いか弱いか。
理系か文系か。
犬派か猫派か。
最後だけは、
答えが明らかな気もするが、
そこは黙っておこう。
XとYも、
違いを示す記号ではある。
だが、
違うからといって、
優劣があるわけではない。
猫にも、
雄と雌がいる。
体つきが違うこともある。
性格にも、
それぞれ傾向はあるかもしれぬ。
だが、
甘える雄もいれば、
堂々たる雌もいる。
結局、
一匹ずつ違うのである。
人間も、
きっと同じだ。
記号は、
生き物を理解するためにある。
生き物を、
記号の中へ閉じ込めるためではない。
Xだからこう。
Yだからこう。
そう決めてしまえば、
分かりやすくはなる。
だが、
分かりやすさと、
正しさは同じではない。
吾輩は猫である。
染色体は見えぬ。
だが、
目の前の相手がどんな者かは、
しばらく一緒にいれば分かってくる。
XとYとは、
人間を二種類に分けるための札ではない。
命が始まる仕組みの一部であり、
その先には、
記号では書き切れない一人一人の物語があるのだ。
XもYも
最後はひとつ
その個性