吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
やられたことを、
よく覚えている。
一度されたことを、
二度返したくなる。
人間はこれを、
倍返しと呼ぶ。
なるほど。
気持ちは、
少し分かる。
猫も、
嫌なことをされれば、
しばらく距離を取る。
撫で方が雑なら、
次は近づかぬ。
しつこく追われれば、
一段高い場所へ逃げる。
だが、
倍にはしない。
一度引っかかれたから、
二度引っかく。
一回怒鳴られたから、
二倍怒鳴り返す。
それでは、
いつまでたっても終わらぬ。
吾輩は思う。
仕返しとは、
気持ちを晴らすようでいて、
次の仕返しを生むことがあると。
一倍返す。
二倍返す。
そのうち、
十倍返しになる。
人間は、
怒りにも利息をつけるらしい。
なかなか恐ろしい金融商品である。
だが、
倍返しにも、
別の使い方がある。
助けてもらったら、
倍の親切で返す。
応援してもらったら、
倍の努力で応える。
信頼されたら、
それ以上の信頼で返す。
こちらなら、
悪くない。
吾輩は思う。
返すなら、
恨みではなく、
恩を倍にすればよいのではないかと。
人間は、
傷つけられた記憶ほど強く残す。
だが、
優しくされた記憶も、
案外長く残る。
猫も同じである。
一度おやつをくれた者は、
しばらく忘れない。
二度くれれば、
かなり信頼する。
三度なら、
玄関まで迎えに行ってもよい。
吾輩は猫である。
倍返しは嫌いではない。
ただし、
返すものは選びたい。
怒りを倍にすれば、
争いが増える。
優しさを倍にすれば、
味方が増える。
倍返しとは、
相手を倒す技ではない。
何を倍にして返すかで、
その者の器が見える言葉なのだ。
返すなら
恨み半分
恩二倍