吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間は、
数字が少し上がるだけで、
ずいぶん騒ぐ。
〇・何%。
一%。
数字だけ見れば、
たいした差には見えぬ。
人間はこれを、
金利上昇と呼ぶ。
吾輩は思う。
一%くらいで、
なぜそんなに慌てるのかと。
だが、
聞いてみると、
話は少し複雑である。
お金を預ける者には、
金利が上がれば、
受け取る利息が増えることがある。
長い間、
ほとんど増えなかった預金にも、
少しだけ働いてもらえる。
これは、
悪くない。
ところが、
お金を借りている者には、
話が変わる。
住宅ローン。
事業資金。
不動産投資。
金利が上がれば、
返す金も重くなることがある。
同じ金利上昇なのに、
喜ぶ者と、
困る者がいる。
吾輩は思う。
数字とは、
見る位置によって顔を変えるものだと。
猫も同じである。
暖房の温度が上がれば、
寒がりの猫は喜ぶ。
だが、
暑がりの猫は床へ逃げる。
「温度が上がった」
事実は一つ。
だが、
受け止め方は違う。
人間の金利も、
どうやら同じらしい。
そして、
金利が上がると、
家を買う時にも考えることが増える。
今なら払える。
だが、
この先も払えるか。
少し金利が上がったら。
収入が変わったら。
修繕費まで重なったら。
人間は、
借りられる金額を見て安心する。
吾輩は思う。
大切なのは、
借りられるかではない。
返し続けられるかである。
猫は、
目の前に餌が山ほどあっても、
全部を一度には食べぬ。
……食べる猫もいるかもしれぬが、
そこは個体差である。
人間も、
借りられるだけ借りればよいわけではない。
余白を残す。
変化を考える。
少し悪い場合も想像する。
それが、
長く暮らす知恵なのだろう。
金利が上がること自体を、
怖がる必要はない。
景気。
物価。
預金。
借金。
いろいろなものがつながって動く。
大切なのは、
「上がった」「下がった」の一言で判断せず、
自分には何が起きるのかを見ることだ。
吾輩は猫である。
住宅ローンは組まぬ。
だが、
暖かい寝床にも、
いつでも逃げられる余白を残している。
金利上昇とは、
数字が上へ動くことではない。
預ける者、
借りる者、
これから何かを始める者に、
自分のお金との付き合い方を、
もう一度考えさせる変化なのだ。
金利上げ
預金は笑い
ローン泣く