【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―金利上昇 編―

2026年9月29日

吾輩は猫である ―金利上昇 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
数字が少し上がるだけで、
ずいぶん騒ぐ。

〇・何%。

一%。

数字だけ見れば、
たいした差には見えぬ。

人間はこれを、
金利上昇と呼ぶ。

吾輩は思う。

一%くらいで、
なぜそんなに慌てるのかと。

だが、
聞いてみると、
話は少し複雑である。

お金を預ける者には、
金利が上がれば、
受け取る利息が増えることがある。

長い間、
ほとんど増えなかった預金にも、
少しだけ働いてもらえる。

これは、
悪くない。

ところが、
お金を借りている者には、
話が変わる。

住宅ローン。

事業資金。

不動産投資。

金利が上がれば、
返す金も重くなることがある。

同じ金利上昇なのに、
喜ぶ者と、
困る者がいる。

吾輩は思う。

数字とは、
見る位置によって顔を変えるものだと。

猫も同じである。

暖房の温度が上がれば、
寒がりの猫は喜ぶ。

だが、
暑がりの猫は床へ逃げる。

「温度が上がった」

事実は一つ。

だが、
受け止め方は違う。

人間の金利も、
どうやら同じらしい。

そして、
金利が上がると、
家を買う時にも考えることが増える。

今なら払える。

だが、
この先も払えるか。

少し金利が上がったら。

収入が変わったら。

修繕費まで重なったら。

人間は、
借りられる金額を見て安心する。

吾輩は思う。

大切なのは、
借りられるかではない。

返し続けられるかである。

猫は、
目の前に餌が山ほどあっても、
全部を一度には食べぬ。

……食べる猫もいるかもしれぬが、
そこは個体差である。

人間も、
借りられるだけ借りればよいわけではない。

余白を残す。

変化を考える。

少し悪い場合も想像する。

それが、
長く暮らす知恵なのだろう。

金利が上がること自体を、
怖がる必要はない。

景気。

物価。

預金。

借金。

いろいろなものがつながって動く。

大切なのは、
「上がった」「下がった」の一言で判断せず、
自分には何が起きるのかを見ることだ。

吾輩は猫である。
住宅ローンは組まぬ。

だが、
暖かい寝床にも、
いつでも逃げられる余白を残している。

金利上昇とは、
数字が上へ動くことではない。

預ける者、
借りる者、
これから何かを始める者に、
自分のお金との付き合い方を、
もう一度考えさせる変化なのだ。


金利上げ
預金は笑い
ローン泣く

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gonta

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