吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間の世界には、
立場というものがある。
上司。
部下。
先輩。
後輩。
教える者と、
教わる者。
人間は、
その差を使って仕事を進める。
だが時々、
その差を、
相手を押さえつけるために使う者がいる。
人間はこれを、
パワハラと呼ぶ。
吾輩は思う。
力とは、
持っているだけでは悪くない。
問題は、
どう使うかである。
間違いを指摘する。
仕事をやり直させる。
時には、
厳しいことも言う。
それ自体が、
すぐに悪いわけではない。
だが、
皆の前で怒鳴る。
人格まで否定する。
必要以上に責め続ける。
断りにくい立場を利用する。
そこまで行けば、
話は違う。
人間は時々言う。
「昔はこれくらい普通だった。」
吾輩は思う。
昔普通だったことが、
今も正しいとは限らない。
昔の猫缶を、
賞味期限が切れても食べ続ける者はいない。
なぜ、
人間関係だけは、
古いやり方を保存したがるのだろう。
指導とは、
相手を動けるようにすること。
威圧とは、
相手を動けなくすること。
似ているようで、
結果はまるで違う。
怒られることが怖くなれば、
相談しなくなる。
失敗を隠す。
新しいことを試さなくなる。
そして、
組織全体まで弱くなる。
吾輩は思う。
パワハラは、
一人を傷つけるだけではない。
周りにいる者まで、
「次は自分かもしれない。」
と黙らせる。
声が消えた職場は、
静かではある。
だが、
健全とは限らない。
猫の世界でも、
強い者がいる。
だが、
ずっと追い回し続ければ、
弱い猫はそこからいなくなる。
縄張りは残る。
しかし、
仲間はいなくなる。
人間の組織も、
似たようなものではないか。
本当に強い者は、
力を見せつけなくてもよい。
任せる。
聞く。
止めるべき時には止める。
そして、
自分が間違えた時には認める。
それができて、
初めて力は信頼になる。
吾輩は猫である。
肩書きは持たぬ。
だが、
近づいてよい人間と、
少し距離を取った方がよい人間くらいは分かる。
パワハラとは、
声が大きいことではない。
立場の強さを使って、
相手から安心して働く余地を奪うことなのだ。
そして、
本当のリーダーシップとは、
人を怖がらせて動かすことではなく、
安心して力を出せる場所をつくることなのである。
力とは
押さえるためでなく
支える手