吾輩は猫である。
名前はまだない。
人間の街には、
時々きれいな名前の道がある。
銀座。
桜通り。
けやき通り。
そして、
姫沙羅通り。
吾輩は思う。
ずいぶん上品な名前である。
姫。
沙羅。
それだけ聞けば、
どこか遠い庭園の小径のようだ。
だが、
道とは本来、
もっと生活臭のある場所である。
人が歩く。
自転車が通る。
買い物袋を提げた者が帰る。
朝になれば店が開き、
夕方になれば明かりがつく。
特別なことなど、
何も起きない。
それでも、
そこに名前がある。
吾輩は思う。
街とは、
そういうものなのかもしれぬ。
観光地だけが、
記憶に残る場所ではない。
毎日通った道。
学校へ向かった道。
仕事から帰った道。
誰かと並んで歩いた道。
そういう場所の方が、
何年か後にふと思い出す。
姫沙羅という木は、
大きく目立つ花を咲かせるわけではない。
白い小さな花をつけ、
静かに季節を知らせる。
なるほど。
通りの名前としては、
悪くない。
人間も、
目立つものばかりを覚えているようで、
案外そうではない。
何気ない会話。
いつもの店。
毎朝すれ違った人。
名前も知らない猫。
そんなものが、
後になって街の記憶になる。
吾輩は猫である。
道を歩く時、
通りの名前など気にしない。
日向があるか。
車が来ないか。
安心して座れる場所があるか。
重要なのは、
その程度である。
だが、
「姫沙羅通り」
と呼ばれていると知れば、
いつもの道も少し違って見える。
人間とは、
名前を付けることで、
何でも少し特別にする生き物なのだろう。
そして、
その名を何十年も呼び続ければ、
やがて名前そのものが、
街の記憶になる。
吾輩は猫である。
姫でもなく、
沙羅でもない。
だが、
派手ではなくても、
そこにあり続けるものの良さは知っている。
姫沙羅通りとは、
目的地になるような道ではないのかもしれない。
ただ、
誰かの日常の途中にあり、
何度も歩くうちに、
いつの間にか心の中の風景になっている。
そんな道なのだ。
名も優し
いつもの道に
花ひとつ