【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―クラウドファンディング詐欺 編―

2026年10月17日

吾輩は猫である ―クラウドファンディング詐欺 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
夢を語る。

店を作りたい。

病気の治療を助けたい。

新しい商品を世に出したい。

困っている誰かを救いたい。

そして、
多くの人から少しずつお金を集める。

人間はこれを、
クラウドファンディングと呼ぶ。

吾輩は思う。

なかなか良い仕組みである。

一人では難しいことも、
百人。

千人。

多くの者が少しずつ力を出せば、
形になる。

だが、
善意が集まる場所には、
善意を利用する者も現れる。

人間はこれを、
詐欺と呼ぶ。

存在しない計画。

大げさな説明。

都合のよい写真。

そして、

「あと少しで目標達成です。」

と急がせる。

吾輩は思う。

人間は、
「助けたい」と思った時ほど、
警戒心が少し弱くなるのではないかと。

可哀想だ。

応援したい。

今すぐ何とかしたい。

その気持ちは、
悪くない。

むしろ、
とても人間らしい。

だが、
優しさと確認は、
両立できる。

誰がやっているのか。

何に使うのか。

過去に実績はあるのか。

説明に矛盾はないか。

支援した後、
どう報告されるのか。

少し立ち止まって見る。

それだけで、
避けられることもある。

猫も、
知らない餌には、
すぐには飛びつかぬ。

匂いを嗅ぐ。

周囲を見る。

少し待つ。

安全だと思ってから、
ようやく口をつける。

慎重とは、
冷たいことではない。

自分の善意を、
本当に必要な相手へ届けるための知恵である。

吾輩は思う。

クラウドファンディングで一番失ってはいけないものは、
お金だけではない。

信頼である。

一つの詐欺があれば、

「どうせまた嘘だろう。」

と、
本当に困っている人まで疑われる。

それが、
一番悲しい。

善意を騙す者は、
一人の支援者から金を取るだけではない。

次に助けを求める者から、
信じてもらえる可能性まで奪っている。

吾輩は猫である。
クラウドファンディングには参加せぬ。

だが、
信頼とは一度壊れると、
おやつ一袋では戻らぬことくらいは知っている。

クラウドファンディング詐欺とは、
人の財布を狙うだけの犯罪ではない。

「誰かを助けたい」という、
人間の優しさそのものを食い物にする、
たちの悪い裏切りなのだ。

だからこそ、
支援する時は、
優しい心と、
少し疑う目の両方を持っていたい。


善意ほど
渡すその前
ひと確認

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gonta

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