【吾輩は猫である 現代版】猫視点で描くオリジナル短編

吾輩は猫である ―建て替え中止 編―

2026年11月4日

吾輩は猫である ―建て替え中止 編―

吾輩は猫である。
名前はまだない。

人間は、
古くなった建物を見ると、
新しくしたくなる。

壁。

配管。

耐震。

設備。

人間はこれを、
建て替えと呼ぶ。

そして、
計画を立てる。

図面を引く。

お金を計算する。

完成後の暮らしまで、
少し想像する。

ところが、
途中で止まることがある。

人間はこれを、
建て替え中止と呼ぶ。

吾輩は思う。

始めたのに、
やめるのか。

なんとも、
もったいない。

だが、
人間の事情は単純ではない。

工事費が上がる。

金利が上がる。

人手が足りない。

資材が高い。

住民の意見がまとまらない。

昨日まで成立していた計画が、
今日は成立しなくなる。

吾輩は思う。

計画とは、
決めた瞬間に完成するものではないのだと。

時間が経てば、
条件も変わる。

それでも、

「一度決めたから。」

という理由だけで進めるのは、
少し危うい。

猫なら、
高い棚へ跳ぼうとしても、
途中で距離を測り直す。

届かないと思えば、
跳ばない。

決意が足りないのではない。

落ちたくないのである。

人間は、
中止を失敗だと思いたがる。

ここまで検討した。

お金も使った。

時間もかけた。

だから、
もう引き返せない。

人間はこれを、
もったいないと思う。

だが、
吾輩は思う。

ここまで使ったものと、
これから使うものは、
別に考えた方がよい。

進めれば、
さらに大きな負担になるのなら、

止める。

延期する。

改修へ変える。

別の方法を探す。

それも、
立派な判断である。

建物は、
人間より長く残ることがある。

だからこそ、
勢いだけで決めてはいけない。

新しいから正しい。

古いから駄目。

そんなに単純でもない。

残せるものは残す。

直せるものは直す。

どうしても難しければ、
そこで初めて建て替える。

吾輩は猫である。
建築計画には参加せぬ。

だが、
安心して眠れる場所が、
工事の都合だけで失われるのは困る。

建て替え中止とは、
夢が消えたことではない。

変わった条件の中で、
本当に進むべき道なのかを、
もう一度考え直した結果なのだ。

止まることも、
前へ進むための判断になる。

人間は、
そこをもう少し認めてもよいのである。


止まるのも
守る暮らしの
一手なり

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gonta

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