吾輩は猫である ―洗車後の足跡 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 午後、車がやけに輝いている。水滴は拭き取られ、窓は曇りなく、人間は満足げだ。 どうやら、洗車をしたらしい。 本革も、ボディも、丁寧に整えられた。光は均一で、完璧に近い。 その夜、空気はまだ温かい。ボンネットは、ほどよく心地よい。 吾輩は、そっと乗る。 歩く。止まる。振り返る。 朝、人間は気づく。きれいな曲線の上に、小さな足跡が並んでいる。 ため息。しかし、怒らない。 洗車とは、汚れを消すことだ。だが、足跡は汚れではない。 それは、誰かがそこに居た証。磨き上げたものに、生活 ...
吾輩は猫である ―猫と車(ボンネットにいないかな)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の駐車場は、まだ空気が冷たい。車は静かに並び、金属は夜の温度を残している。 人間は、鍵を押し、エンジンをかける前に、ふと立ち止まる。 「ボンネットに、いないかな。」 その一言に、少し救われる。 猫は、暖かい場所を知っている。冷えた体にとって、エンジンの余熱は魅力だ。暗く、狭く、静かな場所は、安心にも似ている。 だが、安心は、時に危うい。 ボンネットを軽く叩き、下を覗き、タイヤの周りを確かめる。ほんの数秒の確認が、命を分ける。 吾輩は、少し離れたところからそれを見る。人の ...
吾輩は猫である ―投薬補助剤の罠に気付いた猫 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、やけに優しい。声が甘く、撫でる時間が長い。 皿の上には、いつもより香りの強い塊。人間は微笑む。「特別だよ」と。 怪しい。 吾輩は知っている。世の中には、目的のための甘さがある。 一口かじる。旨い。だが、その奥に、微かな違和感。 舌が、真実を拾う。 噛まずに飲ませようとする手つき、視線の揺れ、過剰な励まし。すべてが一致した。 これは、薬だ。 投薬補助剤という、実に巧妙な仕組み。苦さを包み、油断を誘う。 吾輩は、一瞬考える。吐き出すか、受け入れるか。 体調は、確かに少し ...
吾輩は猫である ―建国記念日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝が、いつもより澄んでいる。空は高く、風は冷たい。 人間はこの日を、建国記念の日と呼ぶ。 国の始まりを、思い出す日らしい。だが、始まりとは、一度きりの出来事ではない。 人が集まり、暮らし、守り、変え、また守る。その繰り返しの上に、今日がある。 旗が揺れる。色は変わらぬが、見る人は変わる。歴史は、書き足されながら続いていく。 吾輩は思う。建てるとは、壊さぬことではなく、手入れを続けることだと。 家も、庭も、社会も、放っておけば荒れる。静かな維持こそ、最も地味で、最も大きな営 ...
吾輩は猫である ―猫の日、犬の日は? 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 暦に、二が三つ並ぶ日がある。人間はそれを、猫の日と呼ぶ。 では、犬の日はあるのか。ときどき、そう問う声が聞こえる。 ある。十一月一日だそうだ。わん、わん、わん。理屈は単純で、少し微笑ましい。 人間は、理由を見つけるのが上手い。数字を並べ、語呂を合わせ、そこに意味を宿す。 猫は二月、犬は十一月。月が違っても、撫でる手の温度は同じである。 比べる必要はない。猫は猫で、犬は犬だ。似ているようで、歩幅が違う。 犬は寄り添い、猫は寄り添わせる。どちらが上でも、下でもない。違いがある ...
吾輩は猫である ―春節編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 夜が、いつもより赤い。提灯が連なり、香りが混じり、言葉が幾重にも重なる。 人間はこれを、春節と呼ぶ。 新しい年が、もう一度やってくるらしい。暦が違えば、始まりも違う。それを不思議とは思わぬ。猫にとって、朝は毎日、新年である。 街はにぎわい、火花が空を裂く。音は大きく、光は強い。だが、喜びとは、外の明るさだけではない。 再会する者、帰る者、遠くから来る者。荷物の中には、土産よりも時間が詰まっている。 吾輩は、通りの端で座る。祝わぬが、拒まぬ。異なる始まりを、そのまま受け入れ ...
吾輩は猫である ―一般参賀 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の空気が澄み、人の流れが一方向へ向かう。旗が小さく揺れ、声は抑えめに重なる。 人間はこれを、一般参賀と呼ぶ。 集まる理由は、言葉よりも所作にある。遠くを見ること、立ち止まること、同じ方向を向くこと。 吾輩は、少し離れた場所からそれを見る。近づきすぎぬ。だが、背を向けもしない。 姿は遠く、言葉は短い。それでも、人は満ち足りた顔で帰る。 見えたからではない。集ったからだ。 祝いとは、騒ぐことではない。確認することだ。続いているものを、今年も続けるという意思を。 旗は振られ、 ...
吾輩は猫である ―猫天皇 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 ある日、誰も決めぬうちに、その席は空ではなくなっていた。呼ばれたわけでも、望んだわけでもない。 ただ、そこに座っていた。それだけであった。 命じぬ。叱らぬ。声を荒らげることもない。それでも、場は整う。 人は権威を言葉で飾り、力を形にしたがる。だが、真に重いものは、動かぬことにある。 急がず、競わず、昨日と同じ朝を迎える。それを続けることの難しさを、吾輩は知っている。 治めているのではない。支配しているのでもない。ただ、乱れぬ中心として、在り続けているにすぎぬ。 変わらぬ姿 ...
吾輩は猫である ―222 猫の日 編―
吾輩は猫である。名前はまだな 暦に、同じ数字が並ぶ日がある。二、二、二。人間は少し騒がしくなる。 どうやら、猫の日らしい。 普段は気づかぬくせに、今日はやけに写真を撮る。特別なおやつが出て、声の調子も柔らかい。 吾輩は思う。猫であることに、日付は必要だろうかと。 猫は、毎日が猫である。甘える日も、離れる日も、同じ顔で暮らしている。 だが、悪くはない。年に一度くらい、人間が素直になる日があっても。 棚には猫の絵、画面にも猫、店先にも猫。急に増えた気がするが、元からいたのは吾輩のほうだ。 二が三つ並ぶだけで、 ...
吾輩は猫である ―猫の恩返し 編―
吾輩は猫である。名はまだない。 人間はよく言う。「恩返しって、何をすればいいんだろう。」吾輩は思う。猫にとっての恩返しは、大げさなものではない。 助けてもらったから、何かを返す。世話になったから、報いる。それは人間の論理だ。 猫の恩返しは、今日もここにいること。 具合の悪い日、吾輩はそっと近くに座る。撫でなくていい。声もいらない。ただ、逃げない。 それが、最大の返礼だ。 飼い主が疲れて帰った夜、吾輩は少し早めに膝に乗る。特別なことはしない。喉を鳴らし、温度を渡すだけだ。 猫は借りを数えない。だが、信頼は覚 ...









