吾輩は猫である ―液体窒素 イボ退治 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、体に小さなできものができると、しばらく様子を見る。 そのうち治る。 痛くないから大丈夫。 そう思っているうちに、なかなか消えない。 人間はこれを、イボと呼ぶ。 そして、病院へ行くと、今度はとても冷たいものが出てくる。 人間はこれを、液体窒素と呼ぶ。 吾輩は思う。 冷たいもので、なぜ退治できるのか。 聞けば、ものすごく低い温度で患部を凍らせ、少しずつ処置していくらしい。 なるほど。 熱して倒すのではない。 凍らせるのである。 人間の医療は、なかなか容赦がない。 処置 ...
吾輩は猫である ―柚子残滓 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 柚子を搾る。 果汁を取る。 人間は満足する。 そして、残った皮や種を見て言う。 「これは残りだ。」 人間はこれを、柚子残滓と呼ぶ。 吾輩は思う。 少し待て。 ずいぶん良い香りがするではないか。 残りという割には、なかなか存在感がある。 果汁を取った後にも、皮には香りが残る。 そこから精油を取る。 加工する。 飼料にする。 堆肥にする。 研究によっては、もっと別の材料にも変えようとしている。 捨てる予定だったものが、急に資源になる。 人間はこれを、循環利用と呼ぶ。 吾輩は思 ...
吾輩は猫である ―豆腐インク 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、とうとう豆腐まで印刷しようとしているらしい。 吾輩は最初、聞き間違いかと思った。 インクといえば、紙に文字を書くものである。 間違っても、食卓に並べるものではない。 ところが人間は、豆腐を材料にして、三次元の形を作ろうとしている。 人間はこれを、豆腐インクと呼ぶ。 食べられるインクである。 吾輩は思う。 そこまでして、豆腐を立体にする必要があるのかと。 冷奴なら、四角いままで十分ではないか。 醤油を少し垂らせば、立派な一品である。 だが、人間の考えていることは、も ...
吾輩は猫である ―美肌菌 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、菌と聞くと、すぐに退治したがる。 洗う。 拭く。 除菌する。 消毒する。 ところが最近、「肌には残した方がよい菌もいる」と言い始めた。 人間はこれを、美肌菌と呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん都合のよい名前である。 昨日まで菌は敵だったのに、今日は美肌の味方らしい。 人間の評価は、なかなか忙しい。 肌の上には、さまざまな微生物が暮らしている。 全部なくせばよい、というものでもない。 互いに影響しながら、肌の環境をつくっている。 なるほど。 猫社会にも、少し似ている。 ...
吾輩は猫である ―築四十年 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 この家は、ずいぶん長く立っている。 柱には傷。 床には軋み。 壁にも、ところどころ時間の跡がある。 人間はこれを、築四十年と呼ぶ。 四十年。 猫なら、何代も入れ替わっている。 それでも、家はまだそこにある。 吾輩は思う。 古いというだけで、価値がなくなるものではないと。 新しい家には、新しい良さがある。 断熱。 耐震。 設備。 便利さ。 だが、古い家には、時間がある。 柱についた小さな傷。 昔置いてあった家具の跡。 何度も開け閉めされた扉。 そこには、暮らした者の記憶が残 ...
吾輩は猫である ―デニソワ人編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、自分たちがどこから来たのかを、ずいぶん気にする。 祖先を調べ、骨を掘り、とうとう何万年も前のDNAまで読むようになった。 そして、小さな骨のかけらから、知らなかった人類を見つけた。 人間はこれを、デニソワ人と呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん少ない証拠から、ずいぶん大きな話になったものだと。 だが、DNAはなかなか正直らしい。 デニソワ人。 ネアンデルタール人。 そして、今を生きる人間。 昔の地球には、「人類」が一種類だけいたわけではなかった。 出会った。 すれ違った ...
吾輩は猫である ―ミニカー 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、小さな車が並んでいる。 赤。 青。 黒。 大きさは違えど、どれも妙に精巧である。 人間はこれを、ミニカーと呼ぶ。 走るわけではない。 人を乗せるわけでもない。 それでも、人間は眺めて喜ぶ。 吾輩は思う。 本物でなくても、心を動かすものはあるのだと。 昔乗っていた車。 憧れていた車。 子どもの頃に欲しかった車。 小さな車の中に、人間は大きな思い出を入れている。 不思議なものである。 吾輩なら、転がるものを見れば、まず前足で触る。 少し押す。 動けば追う。 棚から落 ...
吾輩は猫である ―参鶏湯 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、疲れると温かいものを食べたがる。 鶏。 高麗人参。 もち米。 にんにく。 いろいろ詰めて、ことこと煮る。 人間はこれを、参鶏湯と呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん手間をかけて、元気になろうとするものだと。 だが、悪くない。 弱った時ほど、派手なものより、ゆっくり体に入るものがよい。 熱すぎず。 重すぎず。 少しずつ、体の中へ染み込む。 人間は、疲れている時ほど頑張る。 「もう少し。」 「あと一つ。」 そう言いながら、さらに消耗する。 猫なら、しない。 弱れば寝る。 寒 ...
吾輩は猫である ―充電 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、機械の電池が減ると、すぐに充電する。 スマートフォン。 パソコン。 車。 人間はこれを、充電と呼ぶ。 残量が少なくなれば、警告が出る。 赤くなる。 動きが鈍くなる。 だから、早めにつなぐ。 吾輩は思う。 人間自身にも、残量表示があればよいのにと。 疲れている。 眠い。 集中できない。 少しイライラする。 それでも、人間は動こうとする。 「まだいける。」 「もう少しだけ。」 そう言いながら、電池切れまで使う。 猫なら、そこまでしない。 眠ければ寝る。 疲れれば動かな ...
吾輩は猫である ―体脂肪計 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、体重だけでは満足しなくなった。 体脂肪。 筋肉量。 基礎代謝。 内臓脂肪。 数字が、次々と並ぶ。 人間はこれを、体脂肪計と呼ぶ。 吾輩は思う。 ずいぶん細かく、自分を測るものである。 乗る。 数秒待つ。 そして、画面を見る。 昨日より増えた。 減った。 人間の気分も、数字と一緒に上下する。 だが、一日で大きく一喜一憂するのは、少し忙しい。 吾輩は思う。 大切なのは、一回の数字ではない。 流れである。 少しずつ増えているのか。 減っているのか。 変わらないのか。 そ ...









