吾輩は猫である ―山の日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 山は、静かである。 風の音。 鳥の声。 木々が揺れる音だけが、ゆっくりと時を刻む。 人間は、この日を山の日と呼ぶ。 山に親しみ、その恵みに感謝する日。 だが、山にはもう一つの記憶がある。 忘れてはならない、深い悲しみの記憶である。 ある夏の日。 多くの人が、家族のもとへ帰る途中だった。 楽しみにしていた再会。 約束していた「またね」。 その願いは、山へ消えた。 吾輩は思う。 時は、悲しみを消してはくれない。 それでも、人は生きていく。 残された人は、大切な人を想いながら、 ...
吾輩は猫である ―猫シェアハウス 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 一つ屋根の下に、何匹もの猫が暮らしている。 朝になれば、それぞれが好きな場所へ向かう。 窓辺。 ソファ。 キャットタワー。 人間の膝。 誰も、同じ場所ばかり選ばぬ。 人間はこれを、シェアハウスと呼ぶ。 「みんな仲良しですね。」 そう言われることもある。 いや、少し違う。 仲が良い日もある。 少し距離を置きたい日もある。 猫は、無理をしない。 吾輩は思う。 一緒に暮らすとは、同じことをすることではない。 互いの距離を知ることだ。 眠りたい者は眠る。 遊びたい者は遊ぶ。 一匹 ...
吾輩は猫である ―酷暑日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝から、空気が重い。 陽が昇ったばかりだというのに、地面はすでに熱を持ち、窓辺にも逃げ場がない。 人間はこれを、酷暑日と呼ぶ。 暑いという言葉だけでは、足りないらしい。 少し歩くだけで、汗が流れる。 車の中は、あっという間に熱くなる。 道路も、屋根も、室外機の風も、街全体を温めていく。 吾輩は思う。 こういう日は、我慢してはならぬ。 猫は、暑ければ動かない。 涼しい床を探し、日陰へ移り、水を飲み、体力を使わぬ。 それは、怠けではない。 命を守るための、正しい判断である。 ...
吾輩は猫である ―日本人1.2億人割れ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間の数が、また一つの境を越えたらしい。 一億二千万人。 それを下回ったと、人間は数字を見つめている。 出生数。死亡数。高齢化。人口減少。 難しい言葉が並ぶが、要するに、生まれる者より、去っていく者が多いということだ。 吾輩は思う。 人が減るとは、数字が小さくなることだけではない。 学校から、子供の声が減る。 商店街から、店の明かりが消える。 バスの本数が減り、病院や介護を支える者も少なくなる。 一人減るたびに、その人が担っていた役割も、少しずつ失われていく。 人間は、子 ...
吾輩は猫である ―消費税1% 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 一という数字は、小さく見える。 百円の買い物なら、わずか一円。 人間はこれを、消費税一%と呼ぶ。 一円くらいなら、大したことはない。 そう思う者もいる。 だが、毎日の食事、衣服、日用品。 買うたびに重なれば、一%も、小さくはない。 吾輩は思う。 数字の重さは、見る場所によって変わると。 一つの家計から見れば、暮らしを左右する差になる。 国全体から見れば、大きな財源にもなる。 下げれば、買い物の負担は軽くなる。 だが、減った分を、どこから補うのかという問いが残る。 上げれば ...
吾輩は猫である ―原爆の日 編(核の傘の下で)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 八月六日の朝、広島では、空を見上げる時間がある。 午前八時十五分。 いつもなら、人が働き始め、子供が笑い、猫が日陰を探し始める頃である。 だが、八十一年前のその朝、一つの爆弾が、街の日常を奪った。 三日後には、長崎にも落とされた。 人間はこれを、原子爆弾と呼ぶ。 ずいぶん科学的で、整った名前である。 だが、起きたことは、少しも整ってはいなかった。 家が焼けた。 人が焼けた。 昨日まで交わしていた約束が、突然、行き先を失った。 それでも人間は、核兵器を手放せずにいる。 アメ ...
吾輩は猫である ―夏季休暇 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝になっても、人間が出かけない。 目覚ましは鳴らず、鞄も持たず、いつまでも家の中を歩いている。 人間はこれを、夏季休暇と呼ぶ。 働くことを休み、心と体を整えるための時間らしい。 だが、休みだからといって、人間はじっとしていない。 旅行へ行く。買い物へ行く。予定を詰める。渋滞にも並ぶ。 休むために、ずいぶん忙しそうである。 吾輩は思う。 休暇とは、普段できないことをすべて行う日ではない。 何もしなくてもよいと、自分に許す時間ではないかと。 昼まで眠る。 冷たい飲み物を口にす ...
吾輩は猫である ―ハシビロコウ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 水辺に、一羽の大きな鳥が立っている。 ほとんど動かず、遠くを見つめたまま、時間だけが過ぎていく。 人間はこれを、ハシビロコウと呼ぶ。 あまりに動かぬため、何もしていないように見える。 だが実際には、魚を捕らえる機会を逃さぬよう、静かに待ち続けているらしい。 吾輩は思う。 待つことと、動けないことは違う。 動けない者は、機会が来ても動けぬ。 待っている者は、その瞬間のために、力を残している。 人間は、動いていなければ不安になる。 忙しく歩き、言葉を重ね、何かをしている姿を見 ...
吾輩は猫である ―デジニランド 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、夢の国が好きである。 門をくぐった瞬間から、笑顔になり、子どものように目を輝かせる。 人間はこれを、デジニランドと呼ぶ。 現実ではない。 だからこそ、現実を忘れられる。 吾輩は思う。 夢とは、現実から逃げるためだけのものではない。 また明日を頑張るために、心を満たす時間でもある。 猫にも、夢の国はある。 お気に入りの窓辺。 柔らかな毛布。 大好きな人の隣。 そこでは、何時間でも眠っていられる。 人間は、忙しい毎日を送っている。 仕事。 勉強。 家事。 悩み。 だか ...
吾輩は猫である ―透明人間 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 もし、透明人間になれたら。 人間は、何をするのだろう。 誰にも見つからず、どこへでも行ける。 秘密も、本音も、簡単に知ることができる。 便利そうだ。 だが、吾輩は思う。 本当に怖いのは、透明になることではない。 誰にも、気づいてもらえなくなることだ。 人は、誰かに見てもらいたい。 頑張ったことも、悲しかったことも、小さな成長も。 「見ているよ。」 その一言で、また歩き出せる。 猫も同じである。 名前を呼ばれ、頭を撫でられ、目が合う。 それだけで、ここにいてよいのだと分かる ...









