吾輩は猫である ―猫ドライブ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 今日は、いつもと違う場所にいる。床が揺れ、景色が流れ、匂いが次々と変わる。 人間はこれを、ドライブと呼ぶ。 猫にとって、移動は目的ではない。場所が変わること自体が、一つの出来事だ。 最初は落ち着かぬ。音も、振動も、予測がつかない。だが、しばらくすると、リズムが見えてくる。 一定の速さ、一定の揺れ。それがわかれば、少し安心する。 窓の外には、知らぬ景色。通り過ぎるだけで、手は届かぬ。それでも、見ていると飽きぬ。 人間は、目的地を決める。時間を読み、道を選ぶ。 猫は、今を見る ...
吾輩は猫である ―ドライブレコーダ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 車の前に、小さな目が付いた。黒く、黙って、ただ前を見ている。 人間はこれを、ドライブレコーダと呼ぶ。 走るたびに、すべてを記録する。良いことも、そうでないことも、等しく残す。 忘れぬための装置だ。 人は、記憶に頼る。だが記憶は、都合よく変わる。少し丸くなり、少し角が取れる。 機械は違う。そのままを残す。解釈も、感情も、持たぬ。 吾輩は思う。記録とは、正しさのためだけではない。振り返るためにあるのだと。 急いだ瞬間、迷った交差点、ためらった一秒。それらは、後から意味を持つ。 ...
吾輩は猫である ―猫BBQ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 外が、やけに良い匂いだ。煙が上がり、人間の動きが少し陽気になる。 人間はこれを、BBQと呼ぶ。 肉が焼け、音が弾け、会話が増える。火の前では、人は少し素直になるらしい。 吾輩は、少し距離を取って座る。近づけば熱い。遠すぎれば届かぬ。このあたりが、ちょうどよい。 肉は魅力的だ。だが、焦げた匂いと塩の気配が強い。猫は、素材を好む。 人間は、焼きすぎる。だがそれも、楽しみの一つなのだろう。 役割が分かれる。焼く者、食べる者、片付ける者。火を囲むと、自然に配置が決まる。 吾輩は、 ...
吾輩は猫である ―まいやんカレンダ2026 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 壁に、新しい暦が掛けられた。紙はまだ固く、折り目も新しい。 人間はそれを、まいやんカレンダ2026と呼ぶ。 月が変わるごとに、ページがめくられる。同じ人でありながら、同じではない表情。 時間とは、進むだけでなく、重なるものらしい。 人間は、予定を書き込み、日付に意味を与える。だが、カレンダそのものは、ただ静かに日々を並べている。 美しさとは、変わらぬことではない。変わりながら、整っていることだ。 猫は、暦を持たぬ。だが、朝の光と、夜の気配で、日を知る。 それでも、一枚の紙 ...
吾輩は猫である ―猫シェアハウス編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 最近、家の中に猫が増えた。理由は知らぬ。だが、皿は増え、寝床も増えた。 人間はこれを、シェアハウスと呼ぶらしい。 猫は、群れぬ。だが、共にいることはある。 距離を保ち、場所を分け、干渉しすぎぬ。それで、だいたいうまくいく。 窓辺は人気だ。日当たりは、早い者勝ち。だが、長く居座ると、無言の圧が来る。 皿の順番、水の場所、寝る位置。すべてに、言葉なきルールがある。 破れば、空気が変わる。守れば、何も起きない。 何も起きないことが、最も良い状態である。 人間は、仲良くすることを ...
吾輩は猫である ―戦争下の猫 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 街の音が、少し違う。遠くで低く響き、近くでは人の声が減る。 人間はこれを、戦争と呼ぶ。 昨日まで開いていた店は、半分閉じ、灯りは早く消える。空を見上げる時間が、増えた。 猫は、理由を知らぬ。国も、思想も、境界線も持たない。 それでも、変化はわかる。 餌は減り、足音は急ぎ、人の目には余裕がない。 猫は、静かに場所を変える。危うい通りを避け、安全な影を選ぶ。生き延びるとは、正しさよりも柔らかさである。 人は戦い、勝敗を語る。だが、瓦礫の上ではどちらの足跡も同じだ。 夜になると ...
吾輩は猫である ―AIトレーダー 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、画面が増えた。数字が流れ、線が上下し、人間の眉が動く。 人間はこれを、トレードと呼ぶ。 最近は、人が考える前に、機械が考えるらしい。AIトレーダーという賢い仕組みだ。 市場は速い。一瞬で変わり、一瞬で消える。人の感情より、機械の計算が速い。 だが、数字の裏には、人がいる。 恐れ、欲し、迷い、期待する。その揺れが、値段になる。 AIは、それを学ぶ。過去を読み、確率を積み、最も合理的な一手を選ぶ。 囲碁のように、先を読む。だが、市場は盤面ではない。人の気分が、時々石 ...
吾輩は猫である ―春分の日 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 朝の光が、少し長くなった。窓辺の温度が、昨日より柔らかい。 人間はこの日を、春分の日と呼ぶ。 昼と夜が、同じ長さになるらしい。光と影が、一度だけ釣り合う日だ。 猫にとって、それはなかなか良い日である。 長すぎる夜も、短すぎる昼も、どちらも少し疲れる。 均衡とは、心地よいものだ。 人間はこの日、祖先を思い、季節の境目を感じ、静かに手を合わせる。 冬は去り、春が来る。それは急がず、しかし確実に進む。 庭の空気も、風の匂いも、ほんの少し変わった。 吾輩は、窓辺で丸くなる。陽は柔 ...
吾輩は猫である ―トリミング 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 今日は、少し様子が違う。ブラシが出て、ハサミが光り、人間の動きが妙に慎重だ。 どうやら、トリミングらしい。 猫は本来、自分で整える。毛づくろいという立派な技を持っている。 だが、人間は時々手を出したくなるらしい。 ブラシが入る。毛がふわりと舞う。嫌ではない。だが、好みでもない。 整えるとは、難しいものだ。 やりすぎれば、不自然になる。足りなければ、手入れにならぬ。 人間は、毛の量を見て、形を見て、慎重にハサミを入れる。 その姿は、少しだけ庭師に似ている。 自然を整えるのは ...
吾輩は猫である ―囲碁 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 机の上に、碁盤が置かれる。黒と白の石が、静かに並ぶ。 音は、「コツ」と一つ。それだけで、空気が変わる。 人間はこれを、囲碁と呼ぶ。 将棋のように、駒は動かぬ。取り合いはあるが、戦いというより陣取りである。 吾輩は、盤の横に座る。黒石は夜の色、白石は昼の色。どちらも、丸い。 丸いものは、転がしたくなる。だが、今日は触らぬ。人間が妙に真剣だからだ。 囲碁とは、奪う遊びではない。広げる遊びだ。 相手を消すより、自分の地を整える。急がず、焦らず、盤はゆっくり埋まっていく。 一手の ...









