吾輩は猫である ―ルンバ階段から落ちる 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 床の上を、丸いものが動いている。 音もなく、いや、少し音を立てながら、部屋の隅々まで進んでいく。 人間はこれを、ルンバと呼ぶ。 実に働き者である。 吾輩が寝ていても、人間が出かけていても、黙々と床を掃除する。 猫の毛も、埃も、食べこぼしも、容赦なく吸い込む。 吾輩は思う。 便利とは、こういうものなのだろうと。 だが、ある日。 ルンバは、階段の方へ向かった。 人間は言う。 「そこは大丈夫だろう。」 機械には、落ちないための仕組みがあるらしい。 なるほど。 吾輩も少し安心する ...
吾輩は猫である ―猫信託 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、自分より先に、猫が旅立つと思っている。 だが、人生とは、思い通りにはならぬ。 もし、人間の方が先だったら。 残された猫は、誰が守るのだろう。 人間はこれを、猫信託と呼ぶ。 お金だけではない。 誰が世話をするのか。 どこで暮らすのか。 病気になったら。 最後まで、安心して生きられるのか。 その約束を、元気なうちに決めておく仕組みである。 吾輩は思う。 愛情とは、今だけ可愛がることではない。 自分がいなくなった後まで、考えることでもある。 猫は、明日の心配はしない。 ...
吾輩は猫である ―猫、夏にへたる 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 暑い。 それしか、言葉が出ぬ。 朝から床に伸び、昼には動かず、夜になって、ようやく少し元気になる。 人間はこれを、「へたってるね」と言う。 その通りである。 猫は、無駄な体力を使わぬ。 暑ければ、寝る。 涼しい場所へ移る。 水を飲む。 それが、夏を生き抜く知恵である。 吾輩は思う。 頑張ることは、いつでも正しいわけではない。 暑い日に、無理をする。 眠いのに、休まない。 疲れているのに、「まだ大丈夫」と言う。 それは、賢さではない。 猫は、自然には逆らわぬ。 暑さには、暑 ...
吾輩は猫である ―ブルーラジカル 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、歯を磨く。 朝も、夜も、毎日続ける。 それでも、歯周病は忍び寄るらしい。 最近、「ブルーラジカル」という言葉を、耳にするようになった。 新しい治療法として、期待されているそうだ。 吾輩は思う。 医療とは、魔法ではない。 新しい技術が生まれるたび、「これで全部治る」と期待したくなる。 だが、本当に大切なのは、毎日の積み重ねである。 歯を磨く。 定期的に診てもらう。 異変があれば、早めに相談する。 その上で、新しい技術が力を発揮する。 猫も、毛づくろいを欠かさぬ。 毎 ...
吾輩は猫である ―歯周チェック 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、歯が痛くなってから、ようやく気にすることがある。 だが、口の中の異変は、痛くなる前から始まっている。 人間はこれを、歯周チェックと呼ぶ。 歯ぐきの色。 腫れ。 出血。 口臭。 歯のぐらつき。 どれも、小さな変化である。 だが、小さいからといって、軽いとは限らぬ。 吾輩は思う。 見えにくい場所ほど、定期的に見てもらう必要があると。 人間は、鏡で歯を見る。 だが、歯ぐきの奥までは分からぬ。 だから、専門家に診てもらう。 それは、悪くなったから行くのではない。 悪くなら ...
吾輩は猫である ―ウイルス性いぼ 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 小さなものほど、侮ってはならぬ。 最初は、ほんの小さな違和感。 そのうち治る。 そう思って、人間は放っておく。 人間はこれを、ウイルス性いぼと呼ぶ。 痛くない。 急がない。 だから、後回しになる。 だが、気づけば少し大きくなり、数も増えることがある。 吾輩は思う。 問題とは、大きくなってから現れるのではない。 小さいうちから、そこにいる。 猫も、毛並みの変化や、小さな傷を、よく舐めて確かめる。 人間も、体の小さな変化を、見逃してはならぬ。 「そのうち治る。」 その言葉が、 ...
吾輩は猫である ―終戦記念日 編(人間は学んだのか)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 八月十五日。 人間は、少し静かになる。 八十年を越える昔、長く続いた戦争が終わった日である。 人間はこれを、終戦記念日と呼ぶ。 終戦。 なんとも穏やかな言葉である。 だが、そこへ至るまでに、あまりにも多くの命が失われた。 戦場で倒れた者。 空襲で家を失った者。 異国から帰れなかった者。 そして、帰ってきた後も、戦争を背負い続けた者。 人間は誓った。 もう二度と、こんなことは繰り返さないと。 吾輩は思う。 それから八十年以上も経ったのだから、さぞ人間は賢くなったのだろうと。 ...
吾輩は猫である ―エアコンクリーニング 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 ある日、いつもの風が止まった。 見知らぬ人間が来て、エアコンを分解し始める。 人間はこれを、エアコンクリーニングと呼ぶ。 高い所で、ガチャガチャ。 水が流れ、黒い汚れが落ちていく。 吾輩は少し離れて、様子を見る。 猫は、知らない音に敏感である。 知らない人にも、少し警戒する。 だが、終わってみると、風が変わる。 冷たいだけではない。 どこか、澄んでいる。 吾輩は思う。 汚れとは、毎日少しずつ積もるものだと。 昨日は気にならなかった。 今日も気づかなかった。 それでも、一年 ...
吾輩は猫である ―第一種動物取扱業 編―
吾輩は猫である。名前はまだない。 人間は、動物を好きと言う。 だが、好きだけでは、預かることはできない。 人間はこれを、第一種動物取扱業と呼ぶ。 命を扱う者には、責任がある。 餌を与える。 健康を守る。 清潔を保つ。 逃がさない。 病気を広げない。 どれも、当たり前のようで、当たり前ではない。 吾輩は思う。 命とは、商品ではない。 一匹一匹に、性格があり、癖があり、好き嫌いがある。 同じ猫は、一匹としていない。 だから、決まりを守ることは、役所のためではない。 猫のためである。 人間は、資格を取れば終わり ...
吾輩は猫である ―夏休み帰省ラッシュ 編(新幹線、車、フェリー)―
吾輩は猫である。名前はまだない。 夏になると、人間は一斉に動き出す。 駅へ。 高速道路へ。 港へ。 人間はこれを、帰省ラッシュと呼ぶ。 新幹線では、大きな荷物を抱え、指定席を探し、ホームを急ぐ。 車では、渋滞に並び、サービスエリアで休み、長い距離を少しずつ進む。 フェリーでは、車ごと船に乗り込み、海の上で時間を渡る。 行き方は違う。 だが、向かう先は似ている。 久しぶりの家。 懐かしい顔。 「帰ってきたね」と言ってくれる場所。 吾輩は思う。 帰省とは、移動することではないと。 自分の原点へ、少しだけ戻るこ ...









