吾輩は猫である(現代編)

吾輩は猫である ― 草津温泉篇 ―

吾輩は猫である ― 草津温泉篇 ―

吾輩は猫である。名はまだない。
群馬の山あい、湯の香ただよう草津にて、日々のんびりと湯もみ娘を眺めて過ごしている。

人間たちは「天下の名湯」とやらに惹かれて、週末ともなれば押し寄せる。吾輩にとっては、湯けむりの向こうにちらつく観光バスの列など、ただの迷惑である。おちおち昼寝もできぬ。

ある日、湯畑の脇で観光客の話し声を耳にした。「また温泉税が上がるってよ」「宿代もなかなか…」。ふむ。吾輩には金も財布もないが、どうやら湯に浸かるにも人間界では“見えぬ湯垢”がついて回るらしい。

それでも、湯もみショーには歓声が上がる。女将の挨拶には拍手が鳴る。人間たちは、疲れた心と体を温泉に溶かしながら、財布の中身も一緒に流していく。なんとも器用なものである。

最近ではインバウンドとやらも盛んで、吾輩の縄張りにも異国の言葉が飛び交う。観光振興とは便利な名目で、町は化粧直しに余念がないが、裏通りの野良猫たちは寒さに震えている。

吾輩はそっと、湯気のなかに身を隠す。
「癒しの湯」とはよく言うが、本当に癒やされているのは誰なのか、たまには吾輩にも教えてほしいものだ。

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gonta

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