吾輩は猫である。名は…ボブ。
――いや、これは吾輩が名を持つ数少ない例である。
飼い主はかつて、少し人生につまずいていた。
職もなく、心にも隙間風が吹いていたころ、
拾われたのが吾輩である。
最初は膝の上。
次に胸の上。
そして、気づけば吾輩は、
飼い主の肩の上に乗るのが日課となった。
そこは不思議と落ち着く場所だった。
視線は高く、風も感じる。
何より、人の心の近くにいられる高さだ。
通りすがりの人間たちは驚いた。
「猫が肩に!」「なにあれ、可愛い〜」
SNSに撮られ、動画が拡散し、
飼い主の運命も少しずつ変わっていった。
人の肩 借りて見るのも 悪くない
だが、肩に乗るというのは、
ただの甘えではない。
重みを預ける行為であり、
揺れにも身を委ねる覚悟である。
飼い主がうつむけば、吾輩は耳元で鳴く。
「前を向け、人間よ」と。
そして飼い主も、
「重いけど、うれしいな」と笑ってくれる。
肩のり猫とは、
寄り添うことの極致であり、
人と猫との境界が一瞬だけ溶ける奇跡なのだ。
今日も、信号待ちで誰かが声をかけてきた。
「名前は?」「ボブです」と飼い主が答える。
吾輩はそのたび、
“ボブ”という名に込められた想いを背に、
ほんのすこしだけ胸を張る。